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夢詠5


〈写生論〉

 屋上に冬の山なみ撮る人ら 

初磨き踵減りたる老兵や 

快晴も気の晴れぬまま初仕事 

終電を待ち凍えたり3番線 

夜更けまでキーボード打つ娘なり

 冬嵐寝覚めに聞けば夢芒 

寒風や老義父乗せて神経科 

合否如何発表今日日ネットにて 

菜の花や入学式の子のスーツ 

講義ほぼリモートばかりと息子言ふ 

「うちの猫」と子らが呼ぶやつ庭にをり

 蛙鳴く常熟の夜の酒一合 

腰痛に膝痛も妻梅雨曇り 

音もなく梅雨注ぐなり葦の群れ 

紫陽花の季節来にけり雨の坂 

カーエアコン止め草の風蝉の声 

ザリガニと入道雲の水辺かな 

雲眩し竿持つ人らの草の土手


〈捨象論〉

 世を厭ふ  蝶ら集ひぬ 昏れ古原 

 律動を 阻む鎧に 砂は降る

 約束の地への 門に 野犬の群れ 

 なじみ深し カフカの虫の 攻殻よ 

コンビニか ラーメン屋といふ 日々ありき

 過剰なる代謝の 悲劇的 停滞 

 街灯の下 彷徨ひたき 冬夜なり 

 荒海の 磯踏む足の 重き少年 

踏みしむる 大地もなきに  囚徒行く 

囚徒歩む されど足下に 大地なし 

手を伸ばす されど我が手は  何処なる 

大地なき 壁に大地なき 手すり 

 依代と カミの解離か 時の壊死 

 橋脚の 罅割れ黒し 水垢に 

 あはれ児や 神隠しさへ 封じられ 

 誰ぞ知る 囚徒の震へ 囚徒の怖れ 

雑踏に羽衣 狐の かどわかし 

 アパシーの 氷塊重し 日も夜も 

 頚椎の 宿り木何処 百舌惑ふ 

 冬晴れ 重力崩壊の 現場に着く 

 浦島の 嘆き…市井を 彷徨へば 

 内蔵で 聞きたきものは 春嵐 

 空孔は 胎なき肚の 夢の影 

 朝ごとに 夕ごとに業火 迫るなり 

 この春の 一際苛酷な 陽射しなり 

夏草や 羽をもがれし 蝉の夢 

 妖異なき 街路と夜灯と 群衆と 

 群衆は 囁き交はす 敵なるか 

 閑さや 岩にも沁まず 声は凍つ 

夢にては 囚徒となりて 彷徨す 

慣れることなき 煉獄の 岩場なり 

 崩落の 夢を見つつの 彷徨や 

カミ脱けて 忽ち枯るる 葦の群れ


〈写像論〉

枯れ葦を 伴侶に赤光の 水辺ゆく

 昼なれば 半日生き延びたり と思ふ 

夜に入れば 一日生き延びたり と思ふ 

疎まれし時を 夢に 写像せり 

 律動の 相の下に 響く写像 

 夢の葉脈に 同期する 木の形 

 囚はれの 娘よ塔の 呪を解けよ 

時凍てし 荊の城に 王子来よ 

 供儀をとや わが時間をば 捥ぎ捧げん 

彷徨へる 化外の民の 内にあり 

 囚徒見き 物象の秘す 時の珠 

雑踏に没し 雑踏を 遠く離る 

 秘すべきが 蠢く夜半に 裸の夢 

 囚徒の夢に 試練化する 森 

幼子の夢に 聖杯化する 紙片 

 蛙鳴く 仮の常世と 胸に抱く


〈射陽論〉 

 雑踏に 白き陽斜めに 射し乾く 

菜の花の 黄を時間へと 翻訳す 

 渋滞に 降り注ぎをり 白き陽は 

白き陽は注ぎ 日々は 繰り返さる 

ささやかに 子らの四月に 珠の時 

 恩讐を 超へ白き陽に 川面照る 

 こもれ陽に 浴せばここも 常世なり 

白き陽の 燦々と降り 音もなし 

 故郷の 水辺に祖霊の 労辿る 

 水辺にて 産土神との 和睦成る 

 こもれ陽に 常世の草の 揺れにけり 

夜灯路を 巡れ予祝の 若枝手に

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