夢詠2:定型の供物

何処とて穢土なれどこの桜草

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子らは消え花は残れり廃校や

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枯葦を波に変へたり春疾風

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ひうひうとざわざわと春の嵐鳴る

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春嵐止めば子どもら薄衣

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春雪にあやかし土中へ樹の内へ

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世は翳り椿の紅は映え極む
(2020.4)

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裏路地の灯も絶え卯月の疫病禍
(2020.4)

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菜の花の黄をまなうらに服薬す

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紫の灯りや夕べの金魚草

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咲き始む葉は児の手なり花水木

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街行けば赤や白やの花水木

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殖ゆ殖えて燃ゆるがごとく紅かなめ

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落椿夜闇に紅の浮かびをり

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雨打つも揺るがぬ椿の紅の色

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まなうらに何ぞ乱れ咲く雪柳

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散歩道娘に花の名教わりぬ

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酒断つも躑躅の赤に酔ひにけり

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自粛とや梅花空木と過ごしをり
(2020.5)

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ペチュニアの花壇やここはアスファルト

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風もなく何もなき日のライラック

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擾乱の五月の街路はcloudに
(2020.5)

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病院の人みな優し春ひと日

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疫病禍夜に灯りをり額紫陽花
(2020.6)

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懐かしき笹の匂ひや笹団子

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休耕田野花畑となりにけり

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陽俄かに翳り突風リラ揺する

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サクラソウまたの春をと萎れけり

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疫病禍電車の窓開く梅雨入るも
(2020.6)

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梅雨の朝駅やカフェやで人を避く
(2020.6)

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寝覚め聞く雷鳴夢か梅雨の夜半

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父の日は額紫陽花と酒二合

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ぢぢと鳴き蝉枝を打つ短夜に

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廃屋の夏草屋根に届きけり

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幼き日鴨居の遺影見上ぐ盆

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盆線香遺影の軍服見送りぬ

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活字より目上ぐ驟雨は止みしかと

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あぶら蝉家々午睡のうちにあり

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草灼けて何ごともなし昼下がり

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花水木葉は紫に影長し

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惜しみ見ゆ敷かれし黄葉掃かれゆく

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休肝日明けて五臓に燗は沁む

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霜の朝猫の仔目ヤニで目も開かず

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冷ゆる土間煮干しを喰らふ猫の仔や

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子ら想へ燗一合で席立てり

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白き陽の冬の窓辺に降る午後や

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古タイヤ氷雨に烟る草の原

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定型の宴や虚無への供物なり
(故・中井英夫さんに)

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