見出し画像

「彼を求めて」

こんばんは。numaです。

本日は3回目の小説投稿です。

今回のテーマはラブストーリー。

キュンキュンしたい方、ぜひ、最後まで読んでもらえたら嬉しいです。


「彼を求めて」

 アルバイトから帰ってきてすぐ、今日も私は机に向かう。引き出しから取り出した便箋に、愛の言葉を綴っていく。大好きなあの人のために。

 未曾有のウイルスによって外出自粛が叫ばれている日本。特に私が住む東京では、つい最近緊急事態宣言なるものが発令されたせいで、外出自粛の空気感がさらに高まっている。インドア派の私にとって外出自粛は大した苦痛ではないのだけれど、一つだけ、とても辛いことがある。それは福岡にいる彼氏に会えないこと。ただでさえ遠距離恋愛でなかなか会えないのに、緊急事態宣言なんか出されたらますます会えなくなる。こんな宣言無視して福岡まで行ってしまおうかとも考えるけれど、それが原因で彼が病気に感染してしまったら、それこそ耐えられない。だから私は、こうしてラブレターを書いて毎日彼に送っている。あえて携帯を使わないのは、手間暇かけて直筆で愛の言葉を書いた方が、相手に気持ちがより強く伝わるのではないか、という自己満足だ。でも彼の方は面倒くさがりで、全然手紙を送り返してきてくれない。それが少し寂しい。

 私と彼との出会いは、私が高校2年生だった時。私が所属していた吹奏楽部に、当時高校1年生だった彼が入部してきた。一目惚れだった。可愛らしい顔立ちに似合わないダイナミックで力強い演奏。彼が演奏するトロンボーンから聞こえてくる音色は、他のどんなトロンボーン奏者の音色とも違って聞こえた。

 私は彼に猛アタックした。始めは煙たがられたりもしたけれど、いつの間にか私の気持ちを受け入れてくれて、私たちは正式に付き合うことになった。

 その後、私は高校を卒業して、東京の大学に進学することになった。彼氏は一個下の後輩。まだ高校3年生で、地元福岡の高校に通っている。その日を境に私たちは遠距離恋愛することとなった。遠距離恋愛初日、私は彼にラブレターを送った。

 その日から約半年間、毎日ラブレターを書くという生活を送っている。
今日も便箋に愛の言葉を書き連ねる。「好き」。「愛してる」。「会いたい」。……「会いたい」。……だめだ。会いたい。やっぱりどうしても会いたい。今日はどうしたのだろう? いつも以上に彼に会いたい気持ちが溢れ出してくる。限界というのは急に来るらしい。それが今日だったのだ。

 私はラブレターの最後に一言付け加えた。「会いに行ってもいいですか?」。

 翌日。誰かが家を訪ねてきた。がたいの良い男が2人。手には何やら封筒が握られている。男に封筒を渡された私。封筒に書かれていた名前を見て、私の心臓が飛び跳ねた。彼の名前だ。そこには確かに彼の名前が書かれていた。

 男に話を聞いてみると、どうやら彼が東京の友達に頼んで、返答用の手紙を代筆してもらい、それを届けにきてもらったらしい。できるだけ早く手紙を届けたかったからそうしたのだと言う。いつも手紙を返していないことを後ろめたく感じていたのか、早く届けようとしてくれたのは嬉しいけれど、代筆してもらうくらいなら届くのが遅くてもいいのにな、と思いながら、空回りしている彼の優しさに心が温まった。

 でも、手紙の内容は私が予期していたものとは少し違った。「会えない」という趣旨のことが書かれていたのだ。ウイルスが蔓延する現代社会で、私が外出することでウイルスに感染したら大変だと言うのが彼の答えだった。それは当然だ。確かにその通り。彼の優しさも感じた。でも私は寂しかった。どうしても彼に会いたい。その気持ちが抑えられなかった。

 それから1週間、私はいつも通り彼に手紙を書き続けた。「会いたい」と言うことは書かずに、いつも通りただ愛の言葉だけを書き連ねた。でもそんなこと続けていたら、またすぐ会いたい気持ちが湧き上がってくる。

 ついに我慢できなくなった私は、彼からの連絡があった8日目の手紙にこう書いて家を飛び出した。「明日、会いに行きます」。

 ウイルスに感染しているか調べるキットを使って陰性を確認し、体温を測って、マスクも二重にして、感染症対策はバッチリ。でも、こんなことをしたら彼に怒られるだろうか。不安と期待で胸をいっぱいにして、朝一の新幹線で彼が住む福岡に向かった。

 東京から4時間ほどで福岡に到着した。久々に彼に会えることが楽しみで、いつも以上に長く感じた4時間だった。

 私は福岡駅から地下鉄に乗り込み、彼の自宅へ急いだ。高校生の彼は実家暮らしだけれど、両親は共働きだから日中の今は家にいないはずだ。

 彼の自宅に到着し、チャイムを鳴らす。誰も出てこない。もう一度チャイムを鳴らす。誰も出てこない。……そういえばそもそも今の時間帯は彼も学校に行っているわけだから家にいるわけがないじゃないか。彼に会えるということで頭がいっぱいになって、そんなことも忘れていたのか、と呆れて思わず笑ってしまった。とりあえず彼が帰ってくるまで、久々の地元を観光しようと足を一歩踏み出したその時。肩をトントン、と叩かれた。振り返るとそこに立っていたのは、あの時とは違う、がたいの良い男2人組だった。

「山本愛子さん、あなたをストーカー規制法違反の疑いで逮捕します」



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?