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孤独な僕らは夜を照らす光となって繋がっている ─ スピッツ『紫の夜を越えて』

僕の敬愛するロックバンド「スピッツ」は3月25日にデビュー30周年。それと同時にリリースされたのが最新シングル「紫の夜を越えて」。

PVもYouTubeにて公開。

カッコよさと切なさが見事にブレンドされた安定のスピッツロック。相変わらず歌詞が沁みるんだわ。ハートが帰らねんだわ。

まず印象に残るのはサビでも歌われる「紫の夜を越えて」というタイトル。

紫って、これまでのスピッツには登場しなかった色なんだよね。リリース記念のラジオでもそんなことをメンバーが口にしてた。

この色について、以前「bridge」という音楽雑誌にて、マサムネさんが「孤独に色があるとしたら?」という質問に対し「薄い紫」と答えたとのこと。

そのイメージ通りに当てはめるなら、「紫の夜を越えて」とはそのまま「孤独な夜を越えて」という意味になるのかな。この曲で歌われる「紫の夜」とは一体何だろうか? 

それを理解するための前提となるのが、やはり昨今の社会情勢。新型コロナウイルスの影響で激変した世界がある。

「紫の夜を越えて」はNEWS23のエンディングテーマとして書き下ろされた楽曲で、その際草野さんはこのようにコメントしている。

「新型コロナの影響で従来の価値観が揺らいで、社会全体が不安の霧で覆われそうな昨今です。そんな日々の締めくくりに『NEWS23』を見て一喜一憂した後に、この曲を耳にされた方々が今後少しずつでも霧が晴れて、明るい方へ向かっていけるイメージを持ってもらえたらという思いで作りました」
音楽ナタリー より

「不安の霧」という表現がやはり草野さんらしいと思うんだよね。「紫の夜を越えて」は、そんな薄暗い社会情勢の中にあって、未来へと歩を進められるようなエネルギーを与えてくれる曲だ。

君が話してた美しい惑星は
この頃僕もイメージできるのさ本当にあるのかも

これが冒頭の歌詞。

「不安の霧で覆われた社会」になってしまったからこそ、僕達はかつては想像することすらできなかった「美しい惑星」を思い描くことができるようになったと歌われる。

紫の夜を越えていこう いくつもの光の粒
僕らも小さなひとつずつ
なぐさめで崩れるほどのギリギリをくぐり抜けて
一緒にいて欲しい ありがちで特別な夜

僕がこのサビを読んで思い浮かべた景色は「夜の街の光」だ。どちらかというと都市部のイメージ。マンションとかが立ち並ぶ感じのやつ。

外出自粛で街からは灯りが消え、1人寂しくアパートの一室で夜を越える日々を送る人が大勢いる。だけど、その一つ一つの暮らしがそのまま小さな光となって夜の街を薄らぼんやりと紫色に照らす。

夜の孤独に耐えかねてふと窓の外を見やると、紫に輝く夜がそこにはある。それは僕達が名前も顔も知らない誰かと同じ時を共有して存在しているという証拠の輝きであって、なんでもない夜の時間が少し特別なものに感じられる……。

こんなイメージ。ちょっとカッコつけすぎかしら? ロマンチックに語ってしまった。

1番の歌詞では比較的美しい世界、優しい風景が描かれたがそれだけで終わらないのがこの曲の良いところなんだホントに。

この曲の真骨頂である(と僕は感じている)、シビアな現実とそれに根ざした力強さと暖かさは2番の歌詞に強く現れている。

溶けた望みとか敗けの記憶とか
傷は消せないが続いていくなら起き上がり

受けた傷、その痛みは決して消えることはなく、癒えたり慣れたりするのを時間は待ってはくれない。ならば起き上がり、2本の足でしっかりと地面を踏みしめ、空を見据えて駆けていく。

紫の夜を越えていこう 
捨てたほうがいいと言われたメモリーズ 強く抱きしめて
従わず得られるならば砂の風に逆らい
再び生まれたい ありがちで特別な夜

この2番サビが、僕がこの曲でもっとも好きな歌詞なんだよ。詩的な中に反骨心があって、ロックバンドとしてのスピッツの顔が垣間見えるようだ。

「砂の風」というフレーズが印象的。きっとそれは相対すれば目を開けていることすら叶わず、ザラつきが肌にまとわり付いて不快極まりないもの。

だけど、風向きに従って歩いたところで砂の不快感からは逃れられない。だって風の先にも必ず砂があるんだから。だったら、流れに逆らい駆け抜けて、その先にあるはずの「砂のない世界」を目指したほうが、ずっといい。

僕はこの3文字から、現代日本を包む空気感のようなものを想起した。

出どころ不明の煽動に意図もなく乗っかり暴動のようなものが沸き起こったり、一度火が付けばそれ以上の火力で焼き尽くされたり。

そんなザラつく空気感に目を潰されても、足掻いて足掻いてそこから脱しようという、強い意志を僕は感じる。

風の中で折れそうになったとしても、ふと横に目をやると同じように孤独と戦う仲間がいると気付く。孤独な僕たちは孤独であるという共通項で繋がることができるんだ。

「紫の夜を越えて」は潰れそうな時にそっと隣にいて背中を支えてくれ、そしてまた前を見据えるエネルギーをくれる曲だ。たくましくも優しいその姿は、さながら今を生きる僕達にとっての相棒のよう。

背中は任せたぜ、ブラザー。

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