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#4 弦楽器の選び方論〜良い楽器とめぐり逢うために〜

大学時代より親しくさせてもらっている楽器店の方から先日提案があり、元プロオケのチェロ奏者の方が楽器を手放したいそうで、今週末に試奏させて頂けることになった。

現在使用しているイタリアンはまだまだ新しい年代のもので、数年という単位でみれば状態が良くなっていくことは明らかなのだが、今年と来年にコンクール受験を考えている中、少しでも良い音色の楽器に代えておくことは悪いことではない。

このような考え方になったのは、今年の5~6月に開催されたエリザベート王妃国際音楽コンクールの映像を見てからだ。

個人的な意見だが、以下動画の Woochan Jeong さんが技術的な正確性では目立っており、きっと上位入賞するだろうと考えていたが、ファイナリストにはなったものの、残念ながら入賞には至らなかった。もちろん、技術面だけではなく、音楽性や将来性など、他の観点も総合的に含めて選ばれなかったのかもしれないが、正直なところ他のコンテスタントと比較しても大して違いがあるとは思えなかった。

ただ唯一違いがあるとすれば、音色の深みだった。

きちんとイヤホンをつけて聴いてみるとわかるが、楽器によって音色や音量、倍音の豊かさが全く異なることがわかる。現地で聞いている審査員、観客からしたら違いはさらに明白だろう。そして、これらの音色や倍音については、奏者本人というよりは、使用楽器に大きく依存してしまう。だからこそ、コンクール直前になると多くのコンテスタントがオールド楽器を借り、また幸運な者は財団等から貸与され、万全の状態で挑む。


コンクールに出るからには、音楽性、技術を高めるだけではなく、そういったところの戦略も大事となってくるのだ。

今回はそれにあたってのチャンスかもしれない…!

…ということで、試奏前に自分の考えを整理する意味も含め、これまでに何十本も試奏を重ねて1本のチェロを選び、後悔した点も様々あるなかで、楽器の選び方の基本についてまとめていきたい。

筆者自身はチェリストだが、以下の観点は弦楽器全般に通じると考えている。

①まずは楽器店選び

良い楽器を選ぶための大事な前提条件と言える。
購入した楽器店は、将来的に楽器を買い替える際には他店よりもかなり高い額で下取りをしてくれ、定期的なメンテナンスにおいてもほぼ無料で対応してもらえる。間違いなく長い付き合いになるわけで、それを前提として良心的なお店を探すことが大切。

量販店は絶対にNG。個人の方が小規模に営んでいる楽器店を探し、とにかく”人”を見極める。楽器に関しては、店の大きさはほぼ関係なく、店主の方のコネクションがすべてである。(1000万以上のオールドイタリアンが欲しい場合は、また話が変わってくるが。。。)
個人店主であれば、自店の在庫だけでなく、コネクションがある卸業者の在庫の中から、良質な楽器を数本選んできてくれ、その中から試奏により選ぶことができるので、質の良い楽器にあたる確率が上がる。

今回の楽器の紹介も、個人のお店と懇意にしているからこそ真っ先に連絡を頂けたわけで、量販店であればそうはいかない。

②予算を決める

そして次に大事なのは予算。楽器の価格帯はピンキリ。基本的には価格帯が上がれば良い楽器になるので、予算設定を誤ってしまうと、納得のいかない買い物になってしまう可能性が高い。

特に、手の届かない価格帯の楽器の試奏はむやみにはしないことをおすすめする。興味本位で弾くのは良いとは思うが、あまり弾きすぎると、本来の予算帯の楽器がとてもショボく見えてしまう…

|メモ~価格帯の目安~|
【30〜60万】→ 中高生、大学アマチュアレベル
【100万前後】→ 大学アマチュア上位レベル
【200〜300万】→ 一般的な音大生レベル、新作イタリアンはだいたいこの価格帯。
【500〜800万】→ プロレベル(一般オケ奏者)。古い楽器も多少あるが、だいたいはフレンチか、まがい物のイタリアン。
【1000万〜】→ プロレベル(ソリスト)。証明書付きの正真正銘のオールドイタリアンが欲しければ、この価格帯からが標準


さて、ここからはいよいよ良い楽器を見分けるための観点。

③良い楽器の見分けるための観点

~見た目の第一印象は?~

楽器が美しいかどうかは、奏者本人にも、観客にもプラスの効果をもたらす。特に細かい木目がついていることが大事。

同時に、駒が曲がっていないか、エンドピンは曲がっていないか、割れはないか、弦高は高すぎないか、などの基本的な確認も行う。

~弾き始めの第一印象は?~

見た目を楽しんだら、さっそく弾いてみよう。

「あっ弾きやすい!」

兎にも角にも、この感覚があることが大事。
弾きにくいときは、単純に弾きにくいんです。わざわざ自分が楽器に合わせに行く必要はない。

ただ、技術が足りていないせいということもありうるので、自分の判断に自信がない方は、師事している先生に弾いてもらうことなどをおすすめする。

~音量はどのくらいでるか?~

鳴らない個体であった場合の楽器店のよくあるコメント
「弾いて行けば鳴るようになります!」
これは半分ホントで半分ウソ。

基本的に最初から鳴っていない楽器はどんなに弾きこんでも鳴り方は変わらない。弾きこみに鳴りが改善する程度は微々たるものである。

また、逆に一見鳴る楽器であったとしても注意が必要。近鳴りの可能性だ。可能であれば持ち帰せてもらってホール等で響きを確認するのがベスト。

さらに、張ってある弦によっても音量は変わることがある。複数候補で悩んでいる場合は、同じ種類の弦を張って比較確認することが必要。大概、よく鳴る楽器だと思わせるために、A線D線にラーセンのソリストタイプが張ってあることが多い。(特に新作イタリアン)

~倍音は豊かに鳴っているか?~

(音程のツボをとって)鳴らしたときに、ちゃんと楽器全体が共鳴し、倍音が豊かに出ているかの確認が必要。

ちなみに、本来的には倍音が鳴るはずなのに、魂柱の位置が駒に近すぎるために鳴りきっていない可能性もあるため、魂柱の位置が正常か、職人の方に確認してもらおう。

~裏板までしっかりと振動が伝わっているか?~

これは、魂柱がしっかり機能しているかの確認。裏板までしっかり鳴っていれば、開放弦を弾いたときに胸が痛くなるくらい振動しているはずだ。これがあることで豊かな倍音にもつながってくる。

~フラジオは綺麗に鳴るか?~

弾きやすい楽器は、自然フラジオレットを弾いた際に、スポッとつぼにハマる感じがある。鳴らない楽器は、このハマる感じが全くない。
ここは楽器の特性によるので、弾き込めば大幅に変わるものでもないので、本当に注意。

~高いポジションを弾いたときに楽器が悲鳴を上げていないか?~

A線で、指板最下端あたりのポジションで高い音を出してみよう。変な音(ギコギコ鳴っている感じ?)がでていたら、それは楽器が悲鳴をあげているということ。その楽器の限界です。

~駒寄りでラクに弾き続けられるか?~

駒寄りで簡単に弾けるか。良い弓を使っているのが前提ともなるが、駒寄りから逃げずにきれいな音で弾き続けられる楽器は良い楽器。

~音色はお好み?~

弾いていて、ご自身の好きな音色でしょうか?一万歩譲って音量が変化するにしても、音色に関しては弾きこみで変わるものでは全くないので、気に入ったものを選ぶようにしよう。

~スピッカート等はやりやすいか?~

いわゆる超絶技巧のカテゴリーに入ってくるが、特にスピッカートがやりやすいかは確認しておくべき。
良い弓を使っていることが前提とはなるが、実は楽器によるところも大きい。
とくに、木材が乾燥しきっている古い楽器ほどスピッカートしやすい傾向にある。

~とにかく色んな曲を弾いてみよう!~

これまでの観点をすべて確認できるように、色んな曲を弾いてみて違和感がないか確認しよう!

参考までに、自分は以下の曲を弾くことにしている。意義も含めて記載してみる。

・無伴奏1番プレリュード 3番 6番
→音色が確認できる。
・ハンガリー狂詩曲
→スピッカートの確認ができる。
・ドヴォルザークのコンチェルト
→ロマン派のコンチェルトなので、ほぼ常にフォルテ。つまり、駒寄りで常に弾き続けられるかの確認ができる。
・ハイドンのコンチェルト1番
→C durなので、一番楽器を鳴らしやすい調性である。倍音が多く出ているかの確認ができる。
・ハイドンのコンチェルト2番
→C〜A線すべてにおけるハイポジションが出てくるため、きちんと鳴りきっているかや、弾きやすいかの確認ができる。
などなど…

ここまでが大まかな選び方だが、注意点もあるので確認しておこう。

!即決しないこと!

早く自分の楽器が欲しいのは分かります。ただ、安い買い物ではないので、1日だけで即決しないこと。必ず日を置いてから購入を決めよう。身体のコンディションが異なった場合に、楽器に対して抱く感想は必ず異なってくるので。

!なぜ楽器を買うのか、今一度認識する!

この楽器ほしい!という気持ちが固まってきたそのとき、一度立ち止まって頂きたい。
そもそもなぜいま楽器を購入・買い替えしようとしているのか認識しよう。本当にこの楽器を選ぶことで、当初の目的が達成されるのか、考えよう。

目的は人により様々。
なる楽器がほしい!
古い楽器がほしい!
イタリアンなどの資産価値のあるものがほしい!
など。

私もそうだったが、色々な楽器を見せられると、金銭感覚や選択の基準が狂ってくる。選ぶことが目的ではないのだ。

楽器選びは、一度失敗するとなかなか買替、変更修正が利かない。家選びをするのと同様、慎重に選ぶ必要がある。

そして究極的には、良い楽器がなければ無理に選ぶ必要もない。いわゆる「出逢い」なので、ない場合はきっぱりとあきらめることも大事である。


長々と語ってきたが、楽器選びはいつやっても本当に難しい。。。
全ての方が自分に合った良い楽器と出会えますように。



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