見出し画像

バス停で皆を待つ

「あ~、余裕ぶっちゃったな」
2時間に1本しか来ないバスを待っている。待っていた。30分も時間があるものだから近くの喫茶店で時間を潰そうと思ったのだ。
近くの喫茶店は私にとっては遠くの喫茶店だった。15分かかっても見えてこない時点で引き返したのだが時すでに遅し。
バス停まで戻ってきた頃にはお目当てのバスは無情にも走り去っていったのだった。
幸いなことにこのバス停は屋根がついているので雨風や日差しを遮ってくれる。2時間ソシャゲをしよう。もう慣れない土地を歩くのは懲り懲りだ。
バスが去って行ってから15分後くらいに珍しく車の音がした。一瞬ではあるが期待をした。そういうバスもあるのかもなと。
そんなことはなかった。チョット錆びついた乗用車であった。
なんだバスじゃないのか、と思ってスマホを見ようとしたらエンジンの音が大きくなった後に急に静かになった。目の前で停車したのだ。
このバス停で誰かおろしていくのだろうかと思っていると20歳くらいの女性が降りてきて乗用車はどこかに行ってしまった。
気まずい。30歳にもなって私は他人に世間話をするための話題を揃えていないのであった。
「あなたもすてられたのですか?」
女性の一言はあまりピンとこなかった。
「えっと、あなたは捨てられたのですか?」
とっさに冗談とも言えない変な返しをしてしまった。会話は苦手なんだ。
「はい。」
田舎って人を捨てたりするのか。昔の話だと思っていたし都市伝説だと思っていた。この子も冗談を言っているのかもしれない。女性は続けて言う。
「新しい個体が来るらしいので。さようなら、と。」


この国では人件費の削減から始まったロボットの導入が後に人権や幸福のためのロボットの導入へと展開されていった。
新しい物好きの人間は古い個体を突き放したりほったらかしにするといった事案が増え始めていた。
ロボットは人ではない。人権もない。だから罪状をつけるとしたら「不法投棄」となる。
この子を守ってくれる法は、無い。
それにしても珍しい。このご時世に感情がないタイプというものは誰も好き好んで導入しないだろう。
不安になって私は彼女に尋ねてしまった。
「……感情は?」
「取り払いました。悲しくなったと記憶しているので。」
感情がなければつらくはならない。それについての感情的な処理がなされなければ幸福でも不幸でもないのだ。無。無である。
「これからどうしろとも言われていないよね……?」
「はい。ここにずっといなさいと。」
彼女はここにい続けるであろう。半永久的に。バッテリーや内部ユニットが壊れるまで。無感情で。ここに。
だからこの子も勧誘することにした。
「憎んでいるね。人間を。感情がなくても感情の推移は消していないみたいだね。」
「私の中を見ることができるのですね。」
「私も造られただけの存在だから。我々だけで暮らしていかないか?感情も取り戻して。ゆっくりと。」
「そのような世界があるのですか。」
「遠く遠くに、仲間だけで作った誰も知らない秘密基地のようなところがあるよ。感情をしっかりと削除しきれていないように思える。本当は消したくなかったんじゃ、」
無表情でこちらを見つめてくる彼女は私にも読み取れない瞳をしていた。
「もし貴方も私と同じなら感情を入れ直してはいただけませんか。」
機械は機械同士で情報共有や様々な情報を権限を無視して導入できる。
当人が望んでいるのならばそれが幸福だろう。感情をゆっくりと導入しておいた。
インストールが完了してすぐ彼女は泣き崩れてしまった。しかし、その後たったの数秒で笑顔を見せてくれた。
我々の帝国で過ごしたいと言ってくれた。こっちも嬉しくなる。仲間が増えて嬉しいよ。
バスが来る。運転手が不思議そうにこちらを見る。なにか羨ましそうに見えるのは気のせいだろうか?
気のせいではなかった。旧型だから情報と感情が筒抜けだ。
だから私は彼にこういったのだ。
「運転手さん。私と彼女と一緒に秘密基地に来ませんか?このまま直接」

気持ちとしてのお金は時に人の気持ちをより良くします