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横浜ラブストーリー

大学2年生の時、同じ大学の友だちから誘われて行った合コンで彼と知り合った。
彼はひとつ年下で、横浜にある大学に通っていた。どのようにして交際まで至ったのかは忘れてしまった。彼が私のことを好きになってくれたことだけを覚えている。

そうして私が彼の住むアパートに転がり込む形で半同棲をし始めた。合鍵をもらって、お互い講義のある時間以外のほとんどを一緒に過ごした。

一緒にスーパーに行き食材を買ってご飯を作ってもらう、深夜のお笑い番組を観ながら呑むお酒、近所にある風風ラーメンで読む漫画、彼の大学に侵入して食べる学食、時おり彼の友だちとも一緒にお酒を呑んだ。

毎年みなとみらい花火大会へ行って、終わると歩いて彼のアパートまで帰った。あの頃は今よりも、みなとみらい駅から横浜駅までが近く感じた。

彼は私の好きなもの全てを理解したいと言った。小説、漫画、映画、音楽、お笑い、ゲーム、全て。
一緒に映画を観ている時に私が泣いてしまっていると、彼は慌てて「同じタイミングで泣きたいから巻き戻して」と言ったので笑ってしまった。

ある日、大きな喧嘩をしてしまって、彼はお詫びとして洋梨のタルトを買ってきたのだけれど、私は「もう用無しって意味?」と言ってしまい、ひと悶着あった。

春は桜を観に行き、夏はひたすら部屋でぐったりし、秋は何もしなかった夏を惜しんだ。冬に大雪が降った日は雪だるまを作った。南国育ちの私が雪にはしゃぐ様子を見て彼はくすくすと笑った。

いつだったかお揃いの指輪を買った。私たちはまるで同じ人間かのようだった。

それでも大学の友人たちは言った「見た目で選んじゃダメだよ。容姿は自分の意志で選べないから、努力した結果を評価すべき。学歴や年収で男性を選んだ方が幸せになれる」と。「私はちゃんと性格で選んでいるよ」と反論した。そんな風に言うのだったら、そもそも合コンを開かないでよ、出会わせないでよ、と少しだけ思った。

東京に住む私の親戚にまず彼を紹介し、その後たまたま上京してきた父にも紹介した。交際に関して賛成という訳でも反対という訳でもなかった。

けれど彼のご両親からは交際を反対されていた。彼のお母様が「学歴が釣り合わないからいずれ捨てられる、早く別れなさい」と言っていると聞かされた時はショックだった。
でも、あの頃の私には別れる選択肢がなかったし、最終的には友人たちから「2人は結婚すると思ってる」と言われるくらいになった。終わりが見えない関係だったのだ。

私が大学4年生になろうとしていた春、彼の留年が決まった。「どうして僕だけ留年することになったのだろう」「君は僕と違ってエリートになるんだね」と言われて、私は自己判断で公務員試験を受験せずに就職活動をした。スタートが遅かったので応募出来る企業は限られていたけれど、約一ヶ月半で第一志望から内定を貰えた。

私が先に社会人になってからも、関係は続いた。私が残業や宴会で帰りが遅くなると彼は少し拗ねていたけれど、どうにか支えようとしてくれた。

5年も付き合ったのに、いつの間にか自然消滅という形で別れた。ちょっとした遠距離恋愛期間があり、そのあいだに終わってしまった。いつも一緒にいないとダメな関係だったみたいだ。

けれど彼が2年遅れで社会人になってからも私たちは連絡を取り続け、時おり一緒にお酒を呑んだ。彼は東京に引っ越してきたので、そのマンションにも行った。

彼の就職先は私の会社の競合他社だった。とても忙しくなった彼はいつの間にか変わっていった。「いくらお金を稼げるかで人間の価値が決まる」と言うような人になってしまった。それは私を傷つける為の言葉だったように思う。

それから私は29歳まで、仕事で嫌なことがある度に公務員試験を受験しなかったことを後悔し続けた。恋だとか愛だとかを守る為に大事な選択を間違えた気がした。もっとも、私は公務員向きの人間ではないから辞めていたかもしれないし、不合格だったかもしれないけれど。ただ不思議と彼を恨む気持ちは湧かなかった。彼と一緒にいたくて東京に残ったおかげで素敵な出会いが沢山あったから。

それから私は別の人と交際したのだけれど、適度な距離を保ちつつ出会ってから10年も連絡を取り続けた。私と別れてから彼に恋人が出来たことは一度も無かった。それは私のことがまだ好きな訳ではなく、単純に好きになれる相手がいなかったからだと思う。

あの頃2人で過ごした横浜駅が変わってしまったように、お互い変わってしまい、私たちは別々の人生を歩んでいる。何もかも合わせてくれる人がいるのはとても楽だったけれど、変化を受け入れられる関係じゃないと続かなかったのだと思う。始まるということは終わりが来ることなのだと絶望する。

連絡を取らなくなってからしばらく経つ。そろそろ別の人と幸せに暮らしていることを、夜もじっとりと暑さがまとわりつく中、空を見上げて願っている。

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