【物語詩】マッチ売りのおばあさん
この街ができてからの冬は千回目だった
とりわけ寒い雪の日だった
マッチ箱を片手に右往左往するお嬢さん
彼女に掛かる柔らかい声
「マッチを買って欲しいんかぇ?」
振り向くと 笑いジワの美しいお婆さん
お婆さんはマッチ箱を受け取ると
マッチ代を握らせた手をしっかりホールド
崩さぬ笑顔で 崩れぬ家へ招待
雪で赤く染まった足に 急に熱を帯びた手
白い息で頭の中が霞み 夢の中のお嬢さん
お婆さんは娘を暖炉の前に座らせ
マッチ箱の入った籠の代わりに毛布を
そして毛布にじゃれつく黒猫をはべらせた
「お婆さんは、だぁれ?」
微睡みながら ぽつりと質問するお嬢さん
「ワタシはねぇ、実は雪の女王なのさ」
少し意地悪そうに おどけているお婆さん
「雪の女王は、若くて美人って書いてた」
読んだ絵本を思い出しながら言うお嬢さん
「やだねぇ、美人もいつか年を取るのさ」
昔の自分を思い出しながら微笑むお婆さん
「それじゃあ、私をなぜ連れて来たの?」
「さらったのさ。昔みたいにね」
暖炉の灯りが瞳に宿ってきたお嬢さんに
お婆さんはウィンクして星を散らす
温かいミルクと 柔らかいパンを渡され
ゆっくりと頬張るお嬢さんの瞳から
ぽつりと 雫が零れるのを見るお婆さん
「あらやだ、雪解けも近いんだねぇ」
まるで明日のことを言われたみたいに
急に 急ぎたくなるお嬢さん
凍えているかのように手を震わせる
「マッチを売るのを忘れていたわ」
「それならマッチは私が買うよ」
お嬢さんの手に手を添えながらお婆さん
「毎日1箱、そこの籠から買うよ」
マッチ箱が山盛りの籠を指差して続ける
「その間、家に帰ってはいけないよ」
それからのお嬢さんは
毎日マッチ箱1箱分のお駄賃を貰いながら
まるで一緒に暮らしているかのように
お婆さんに監禁されていた
最後の1箱が売れた途端 真っ先に走った
自分にマッチを売れと言った父親の元へ
しかし彼は どこにも存在しなかったのだ
まるで 溶けてしまった雪のように
「おや、何処に行っていたんだい?」
途方に暮れながら戻ってきたお嬢さんに
共に暮らしてきたお婆さんは微笑んだ
まるで 昔の自分を見るように
「帰る家が無くなってしまいました」
悪夢でうなされたような瞳のお嬢さんに
お婆さんは 夢見る少女のように返した
「ならずっと、ここでさらわれておくれ」
凍てつき動じぬ雪のように
寒さを通り越して熱さすら感じる
お婆さんの懐の深さにお嬢さんは思った
まるで 本当に雪の女王様だなと