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小説『ツクモリ屋は今日も忙しい』 創作大賞投稿用

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2021年11月15日(月)から2022年2月6日(日)まで開催された『創作大賞2022』に応募した『ツクモリ屋は今日も忙しい』です。無印の方の(1)~(3)と内容はほぼ同じです… もっと読む
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#つくもがみの話

ツクモリ屋は今日も忙しい(3‐後編)

街の東側には、広い高台のエリアがある。自然公園と呼ぶには少し大げさだけれど、この街で一番、そこは緑の多い場所だと私は思っている。 ちなみに数年前、街の応援企画として、公園に大々的に花や樹を植える「素敵なハルを作ろう」プロジェクトが開催されたことがある。プロジェクトは大成功し、春の季節に美しく彩られた公園を地元テレビ局が取材してくれたことが、この街のささやかな誇りだったりする。 結局、翌年からの活動は規模縮小されたため、現在は控えめな花園と、まだ若い桜や楓の木々が静かに佇む

ツクモリ屋は今日も忙しい(3‐前編)

【side:筑守菜恵】 目が覚めたとき、いつも心の中は空っぽになっている。テーブルの上にコトンと置かれたコップみたいに。散らかってはいないけれど、何かが物足りない。コップに水を注ぐために私は身を起こす。 ベッドから出るついでにカーテンを開ける。 気持ちのよい青空が、窓の向こうに広がっていた。 それだけで、なんだか良いことが起きそうだなって思う。友達には能天気だねって呆れられるけれど、どうしても感じるんだから仕方ない! 寝る前に用意していた水差しでコップを満たして、一息

ツクモリ屋は今日も忙しい(2-後編)

「……ええええぇえ!」 不用意に出してしまった大声に、客のおばさんはビクッとして、俺の方へ振り返った。おばさんにちょっかいを掛けていたモガミさんも気づいたようで、ばつの悪い表情でぷいっと明後日の方に向く。あいつ、しばく。 「あ……あの、何か?」 心なしか怯えながら尋ねる客を前に、後追いの焦りが俺に襲いかかる。非常にまずい。叫んだのには事情があるとはいえ、肝心の内容を説明するわけにはいかない。 言えるか? 「今、あなたのことをモガミさんが『あっち向いてホイ』してました」と

ツクモリ屋は今日も忙しい(2-前編)

【side:室井玄】 ツクモリ屋の玄関口には、目立たない場所にチャイムが設けられている。営業中に客が押すのではなく、主に俺・室井むろい玄くろが、出勤をした合図に使っている。 オーナーの菜恵なえさんが室内にいるかもしれないからだ。自宅は別のにあるらしいが、彼女はたまに店に泊まり込むことがある。いつだったか、寝ぼけ眼の姿に遭遇したことがあって……すっごく可愛かった。 ……とにかく! お互いに驚かすことがないように、俺はチャイムを鳴らしてから入ることにしている。  〈ピンポ

ツクモリ屋は今日も忙しい(1-後編)

扉の陰からひょっこりと顔を出したのは、見目麗しい女性だ。天使の輪を装備したさらさら茶髪のセミロングに、お洒落なワンピースやパンプスを着こなし、こう……うっとりと見つめてしまう感じの、神々しいフェイス。 (※ごめんなさい。僕の語彙力では、これが限界だ) 「ただいまっ♪」 「菜恵さん……」「なっちゃん!」 「あれっ? タクちゃんも来てたんだね。久しぶり!」 なっちゃんは僕を見て驚いた後、にっこり微笑んでくれる。まるで浄化のオーラが溢れているようだ……。その効果は室井さんにも

ツクモリ屋は今日も忙しい(1-中編)

『モガミさん』とは、簡単に説明するなら生まれたての付喪神だ。人の手により物として作り出されたとき、種が芽吹くように宿る、神様の赤ちゃん。 ちなみに、手作り・自家製の品物にはもちろん大手メーカーの量産品にも、モガミさんは宿る。最初にこれを知ったとき、僕は意外だと感じた。でも今はすっかり常識として、自分の頭の中に入っている。だって量産品でも、愛着のある物は捨てたくないからだ。100均で買った爪切りとか。 「うーん皆、なかなかいいね」 ハンカチを1枚1枚手に取りながら、僕は声

ツクモリ屋は今日も忙しい(1‐前編)

【side:荒木拓真】 電車に乗るまでは確かに夕方だったのに、知らないうちに夜になっていた。駅の改札を出ながら、溜息とも欠伸ともつかない呼気が、口から出る。 駅前の商店街に入り、二番目の横道を右に曲がる。次のT字路を左に、黄色い屋根のレストランが右手に見えたら、向かいのマンションの駐車場を通り抜ける。反対側の出口の路地に並ぶ、一番背の低い建造物に、僕は入った。 「お疲れ様でーす。荒木でーす」 室内の近くには誰もいないので、呼び声を掛ける。 ここは、とある人向けの店だ。