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剥き身のSuicaの話

 パサり。

 これは新宿駅の改札近くで、剥き身のSuicaが落ちたときの音。剥き身のSuicaとは、パスケースなどに入れられていない、生のSuicaのことをいう。

 剥き身のSuicaを落とした本人は、自身の剥き身のSuicaが落ちたことに気づかない。だけど、周りの人は皆気づいた。剥き身のSuicaを落とすと、落ちた音がするから。

 だからそのとき、落ちた場所にいちばん近い女性が、剥き身のSuicaをさっと拾い上げ、持ち主へ届けに行った。

 すごいな、と思った。他人の落としたものをすぐに拾って、それを届けてあげたことが、ではない。それは私だって、そうするもん。
学校の道徳の授業も、4の評価をもらっていたし。

 そうではなくて、剥き身のSuicaをノータイムで拾い上げたことが、すごいなと思った。剥き身のSuicaは、拾いにくい。ツルツルだから。さらに新宿駅の構内も、ツルツルだ。つまりあのときの剥き身のSuicaは、ツルツルツルツルになっている。それなのにあの女性は、ツルツルツルツルと化した剥き身のSuicaを、さっと拾い上げ、落とし主に届けに行った。だから、すごいなと思った。あの人はツルツルツルツル剥き身Suicaを、制していた。

 周りの人も皆、感心の眼差しを向けていた。きっと彼らもまた、剥き身のSuicaをさっと拾い上げた女性の手際に、感心したんだと思う。

 剥き身Suicaの拾いにくさを知る者だけが、あの場に、いた。

 今日、新宿駅で剥き身のSuicaを拾いあげた貴方に、敬意を込めて────。


....道徳の評価が「4」なのは、
我が道徳心に欠けたところがあるから、
ということですかな?

ないけどな?


剥き身のSuicaの話
おしまい


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