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ほんの少しの心づかいと承認が大事

週末に、高校の同級生とランチしました。数年前の同窓会でそれこそ20年振りに交流が復活し、その後、私の転居先が彼女の家から車で15分という距離にぐっと近づき。そんなご縁が復活するのも地元ならではですね。

学生の頃の彼女と私の関係は、たまたまクラスが同じだったり、バイトが同じだったり。物凄く親密というわけではないけれど、仲は悪くなく軽口を言い合い、共通の知人友人が複数人いる、という間柄でした。

大学を卒業して約20年、医療系専門職として一貫して精神疾患や認知症の方々に対峙してきた彼女の現在は、昔からの距離ともあいまって、実はよくわかっていなかったのですが、

ひとことで表すならば、Care(ケア)の人になっていました。Careの意味の中でも、心づかい・配慮の意味合いが強く、また世話をするという側面をもつ人です。

大人になると、心づかいというよりも自身の防衛のために、自分から1~2回連絡しても相手から返事が来なければ、もうそれ以上踏み込まないのが暗黙のルールのようなもので、私もそのように振舞うことがほとんどです。

仕事でもプライベートでもおばちゃん根性丸出しで、グイグイ行きそうに思われる私ですら、返事が来なかったり、やんわりNOを感じたら、それ以上は深堀しません。

ところが、この1~2回というのはあくまでも「標準」であって、なかには5~6回の連絡でやっと1回繋がるという人もいます。このあたりのパーソナルな感覚はなかなか微妙なのですが。そのような回数だからこそ、人と繋がっていられるという特性を持つ人もいるのです。

だから「標準」から外れると、だんだん人からも離れていってしまうのですよね。

くだんの友人は、孤独に陥りがちな人の、その絶妙な回数をキャッチして、心づかいとして自然に行動できる人になっていました。

はじめは、それは職業柄体得したのかな?と思っていたのですが、よく考えてみれば学生の頃からそういう傾向がありました。目立つタイプとかではないけれど、気にかけるとか、マメとか、やっぱり心づかいの人だったから、今の仕事は天職だったのかもしれませんね。

それから、もう一つ。すごく承認がうまいなーって感じました。

承認欲求のほうの承認で、社会や他人から認められたいという願望は多かれ少なかれ誰にでもありますよね。けれど、それを認識してきちんと相手に対して言動で表すことができるかというと、なかなか難しい。

「自分は承認して欲しいけど、人を承認はできていない」ってやつです。

しかし、彼女は、多分無意識なんだと思うのですが、きちんと人を承認している。過剰でもなくわざとでもなく。会話をしていて、彼女が自分の家族や友人について語るときににじみ出ていて。それが、とっても自然でした。

素敵に年を重ねた彼女と過ごしたひとときは心地よく。そういえば、もともとランチしようと誘ってくれたのも彼女で、私の話もしっかり聞いて、ところどころちゃんと承認もしてくれて。友人の素敵なふるまいを見習おう!と思わずにはいられませんでした。

ほんの少しずつの心づかいや承認って人を癒してくれますね。

#承認

#ケア

#医療系の仕事







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人事労務系の社会保険労務士です。ブランクがあり仕事復帰したワーキングマザー。転勤族の妻(=転妻)として国内を流転。「多様な働き方を実現する」「いつでもどこでも働ける」をモットーに日々右往左往しています。現在は名古屋に住んで、横浜の社労士法人でリモートワークしています。