この部屋から東京タワーは永遠に見えない(麻布競馬場)

ようこそのお運びで厚く御礼申し上げます

本に限らず、映画や漫画やドラマに対する感想を述べるのが昔からすごく苦手なんですよね。薄い幕の向こうに見える創作世界で展開されることへ「興味」は湧いても、中の登場人物に感情移入することができなくて、皆が「泣ける」と言う作品でもついぞ泣いたことはないんです。

そんな予防線を貼るくらいだから大したことが書かれているわけでなく、読み飛ばしてもらって一向に構わないというか、まあこれも大いなる予防線なのかもしれませんが、今回はちょっと書いてみます。


いま日本語Twitter界の一部で話題の「麻布競馬場」さん。彼が書いてきたTwitter小説をまとめた本が上梓されまして。いちフォロワーとして読んでみました。

読む前は、結局いわゆる港区女子とそれにまつわる青年中年ギラギラ男子のおりなす東京上昇志向物語を天空から見下ろすような短編集なんだろ?という思い込みがあったのですが、それだけでは語れませんでした。

一言で言えば、「どこにも行き場の無い者への救済の物語」でした。

もちろん学歴や容姿や親コネや努力する才能に恵まれた「港区的勝者」とそのマウンティングから転がり落ちた地方出身者たちの冷酷な差異も描いていますが、

例えばワタシのような、頼んでもないのに東京(近郊)に生まれ、しがみつくまでもなくダラリと東京の一隅に暮らす五十路男子の、「マウンティングなんかから降りたほうが楽ですよと言う結局一種のマウンティング」な思考すら見透かされている気がする記述もそこここにありました。

とにかく視野が広く、こんなところまで見ているの?というシニカルで時に優しい恐るべき人間観察力に想像力と、リアリティを増すため文章に付加された地名やアイテム名(五十路にはわからん物もあったけど)により構成された「麻布世界」。これを作り上げた著者には舌を巻くばかりです。

ただね、「30歳」というのが、ことごとく麻布世界の登場人物たちの一つのターニングポイントとなっていたところは引っ掛かりました。著者が31歳であり、人生切羽詰まった感を感じる年齢だってことはわかる。自分も軽い焦りは感じた時期だったし。

でも、人生は長いんです。三十路 四十路 五十路。まだまだ自分ですら到達していない未来が待っているんです。うまく行く日もある、泣きたくなる夜もある。そんなに焦らず、年代の変わり目は給水ポイントくらいに考えて、生きていけばいいんじゃないでしょうか?

港区にこだわる必要、東京にこだわる必要、地元にこだわる必要、そんなものはないんです。ただただ、人どうし助け合いながら生きて行けば良いのです。


みんなで生きましょう。

冒頭の「3年4組のみんなへ」に書かれたこの一文が最もワタシに響いた言葉でした。著者の人間観察の旅の先にあったもの、それは自身、そして他者を寛容に見つめる境地だったのだと思います。

ワタシも自身と他者への寛容さを忘れずに、生きていきます。

それではまた、お付き合いをよろしくお願い申し上げます。

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