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ミステイクはかわいい

カルカッタの朝、賑やかな通りに面したCurd Cornerという店(Curdはヨーグルトのこと)でラッシーを飲むのが楽しみだった。
店先に大きな素焼きの壺がいくつもならび、新鮮なヨーグルトの表面にはクリーム色の膜ができている。注文を受けると店員の兄さんが壺からおたまでヨーグルトをひとすくい、砂糖や氷を加え、木の棒でぐるぐる撹拌する。カップに注ぎ仕上げに濃厚な膜のかけらをのせてくれる。外のベンチに座り、通りを眺めながら並々と注がれたラッシーを飲んで朝がはじまる。

とにかく目の前をいろんなものが通る。車やリクシャーが行き交い、牛が歩き、番号を背中にペイントされたヤギの群れが通る。いろんな人が話しかけてくる。
「アマー!」とよろよろと口に手を運ぶ仕草をする物乞いのおばあさん。
ポケットにあった硬貨を渡すと「チッ、しけてるね」と舌打ちしながら去っていく。
「笛いらないか?」と笛売り。「いらない」「めっちゃいい音だよ」「いらないってば」「こんなにいい音なのに?」とピロピロ鳴らしながら去っていく。
「新聞いるか?」と新聞売り。「いらない」「新聞くらい読んで勉強しろ」「読めないから」こりゃダメだ、と肩をすくめて去っていく。

そんな中、「日本人か?」と聞いてきた若い男の子。
そうだと答えると、「旅行会社を始めたんだけど、日本語の広告文が必要なんだ。この文を日本語に訳してみてくれないか?」と短い英文を書いたメモ用紙と鉛筆を差し出してきた。見ると簡単な英語だったので、請け合った。
「飛行機、長距離バス、列車の手配できます。日本語対応できます。ご予約は○○ツアーへ」
日本語対応できそうな感じじゃないけど、まあいいか。ささっと訳を書いて、
はいどうぞ、とメモを渡すと彼は首をクネクネさせて雑踏に消えていった。

そして、翌朝またラッシー屋のベンチに座って通りを眺めていると、向かいのレンガの壁に奇妙な日本語らしき文字を発見。昨日の彼の旅行会社の広告がデカデカとペンキで書かれていたのだ!英語とベンガル語は美しいレタリングで整っているが、日本語パートは私の筆跡をそのまま頑張って真似した努力が伝わってくる。壁に書くならもっときれいにお手本を書いたのに!
でも基本の文字の形を知らない者にしか描けない微妙にくずれたひらがなや漢字は妙に愛おしかった。でこぼこレンガの上に白いペンキで下地を塗り、英語、ヒンディー語、ベンガル語、私の字から派生した躍動感のある日本語が並んでいるのはとても楽しい眺めだった。あのへんてこ文字の源は私の字だということは、私しか知らない。それを見た日本人が、面白がるだろうなと想像するとワクワクした。

日本語を勉強中のインド人女性と会話していた時のこと。
流暢な英語とカタコトの日本語を話す彼女が日本について色々質問してくれた。頭の中で英文を組み立ててたどたどしくなる私。「つい間違いを恐れてすぐに英語がでてこないんだ」といったら、彼女はケタケタ笑いながらこう言った。

「言語を勉強してる自分を赤ちゃんと思ってください。
相手はお母さん。お母さんなので、赤ちゃんのミステイクやどんなサウンドはとってもかわいいよ!べりーきゅーと!
赤ちゃんとお母さんはスマイルでつながって、ハッピー。もっとコネクトしたいから、赤ちゃんはお母さんの言うことをマネしてみる。意味はあとでいい。お母さんは赤ちゃんのミステイクはとってもかわいい❤️もっと聞きたい。

もし相手があなたのミステイクを笑ってもノープロブレム。人を悲しませることは簡単、だけど人を笑わせることは難しく、価値あること。すばらしいこと。
相手にスマイルを自分がプレゼントしたことがすばらしい。」

自分の中で固くなっているしこりのようなものを、インドはいつも思いもよらぬ形ででポンと砕いてくれるんだ。

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