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今更だって【小説】

 本当にクズばっかりだな、この世は。

 毎日のように殺人事件がニュースで取りざたされる。この世界は腐っている。

 いや大昔から人殺しはあったから腐っているのではない。最初から壊れていたんだ。

 そうだな。最初から壊れてなかったらアイツだって殺人を起こさなかったはずなんだ。アイツのせいじゃない。他人の幸せを第一にしているアイツに罪を犯させた世界が悪いのだ。

 アイツとは小学校からの付き合いで十年以上の間柄。そんだけ一緒にいればお互い知らないことなんてない、と思っていた。

 でも高校二年の冬。アイツは人を殺した。頭も良かったから受験できていれば一流大学だって望みはあったのに。アイツは人を殺して人生をドブに捨てた。

 アイツが殺したのは同じ野球部の部員。野球部のマネージャーをしていたアイツはレギュラー陣である三人によりいじめを受けていたそうだ。

 かなり非道なことを行っていたらしく、殴る蹴るは当たり前。犯すことも珍しくなかったそうだ。先生には絶対見つからないような場所でやっていて、暴力を振るうところも服で覆われた普段見えないところばかりだった。

 アイツを虐めていた奴らは普段はとても礼儀正しい好青年。アイツには劣るものの成績も優秀で野球で推薦を取れるほど才にも恵まれた奴らだった。

 そんな奴らがいじめを始めた原因は、虐めていた奴らの一人が告白したのをアイツが断ったからだそうだ。フラれるとそいつは仲のいい他のレギュラーを引き入れアイツをとことんいじめたそうだ。仲のいい他のレギュラーというのも昔アイツにフラれた経験があったらしく結構いじめに協力的だったそうだ。

 おそらくストーカー的な思考だろう。自分のものにならないなら殺してしまえと言った感じの。

 恐ろしい話はまだあって、アイツ一通り犯した後、別の奴らに犯させてその様子をビデオに撮っていたそうなのだ。アイツの肉体的苦痛・精神的苦痛が限界に達するのも無理はなかった。

 いじめが始まってから半年後。アイツは遂に虐めていた奴らを殺してしまった。

 計画的犯行の線が濃かったという。家から包丁を持ち出していた。態々家から包丁を持ってきて刺したんだ。明確な殺意があったとみて間違いない。
アイツは奴らを滅多刺しにした後、自分の首を切ったそうだ。

 いつも犯されていた体育倉庫。そこは凄惨な光景で、とにかく赤黒い血が飛び散り、腹や背中には無数の刺し傷。顔は誰だかわからないほど刺され、ぐちょぐちょになっていた。かなり怨恨を孕んだ殺人だった。

 いじめをしていた三人のうち一人だけ奇跡的に生き残った。この男は比較的(といっても比較する相手が相手だが)アイツへの危害は少なかったそうだ。なので刺し傷も少し少なかったそうだ。それでも生き残ったのは本当に奇跡だった。

 俺が今話したことは全部生き残った男子生徒と先生、警察などから聞いた話だ。

 俺はアイツに起きていたこと何ひとつ知らなかった。

 アイツはいつも笑っていた。いじめが始まってからも変わらないいつもの眩しい笑顔でクラスを明るくしていた。

 とても優しいから友達に勉強教えたりとか委員会の仕事を肩代わりしてあげていた時もある。俺にも毎日電話で朝起こしたり、忙しい俺の親に代わって弁当を作ってくれたりしていた。授業中寝てしまったときは板書見せてくれたりしたし、なんならテスト勉強だって見てくれたりした。

 誰からも慕われるいい奴だ。自分の損のことは考えず、いつも相手の利益を考えている。常に人のために頑張っている。

 そんな人がなぜ過激ないじめを受けて殺人を犯すまで追い詰められなくてはいけなかったんだ。

 あぁ、勿論わかっていた。俺たちが何も気づいてあげられなかったのがとても大きかったって。そりゃそうだ。あんなひどいことされても誰も助けてくれない。それが半年も続いたんだ。

 そして一番の親友である俺だって何も気づきはしなかった。一番傍にいたのに。

 誰も見て見ぬふりをしていたわけではない。アイツに限ってそんなことはないだろうと無意識に思い込んで誰も気づいてあげることができなかった。

 これは奴らの隠し方が上手かったとかは関係ない。気づこうともしなかった俺らが悪い。

 こんな残酷なことになるなんて誰が予想できただろう。奴らだってこんなことは夢にも思ってないことだったろう。当事者だって予想しなかったんだ。何も知らなかった俺たちなんて突然すぎて事実を受け入れるのに何日かかったことか。


     *


 俺は「誰も気づいてあげられなかった。これは皆の責任だ」と思っていた。

 でも、違った。


 事件から十数日経った。

 俺はまだ受け入れられない現実に打ちのめされながらも、ようやく学校に行けた。どうにか振り絞って家を出れたのが十五時を過ぎてたから授業は全部終わってたけど。

 そして家に帰ってきた。郵便受けを確認すると一通の手紙が届いていた。アイツからだ。俺は急いで階段を上がり家に入る。封筒を破り捨てて手紙を読んだ。


『 杉田亮平くんへ

 こういう手紙だけど最後だから硬い文章じゃ嫌でしょ? それに手紙の書き方うまくわからないし笑 だから普段通りの口調で書くね。

 ごめんね。って言ったら怒るよね。そうだよね。突然いきなり死なれたらそりゃ大変だよね。少しでも落ち着いてから読んでほしくてこうして日付指定で送ってるんだけど、亮平くんのことだからまだ現実受け入れられないと思う。

 でも亮平くんならこの悲しみだって乗り越えられるよ! って死んだ張本人から言われても元気になれないよね笑

 うーん。言いたいことがまとまらないからとりあえず、わたしが死を選んだ経緯を描こうかな。こんなことは書きたくないんだけど、もしわたしがいじめてくるあの三人を全員殺しちゃったら、わたしがされたこととか全部明らかにならないもんね。』


 そこからアイツが虐められることになった経緯とか奴らにされたこととかが詳しく書いてあった、んだと思う。正直俺にはとても耐えられなかったから読めなかった。その部分を飛ばして続きから読む。


『 こうしてわたしはあの三人を殺すことにしましたとさ。おしまい。

 本当のことを言っちゃうと、あの人たちを殺せるか自信ない。別にね、覚悟ができてないというわけではないんだよ。こんなにひどいことをされて、わたしの心はもう固まってる。でも非力な一人の女子が野球部でクリーンナップを担っている三人の男子を相手に殺せるか不安なの。一応一週間対策考えたから大丈夫だと思うけど。

 もしかして一人も殺せてないのに手紙届いちゃったりしてるのかな? それだったらちょっと悲しいなぁ。因みにわたしの自殺も失敗しちゃってたら何があっても全力でこの手紙を見られる前に処分するからね。読んでいるということはわたしは死んじゃってるんだろうね。

 これっていわゆる遺書ってやつだと思うんだけど、わたし当たり前だけど書くの初めてだから書くことわからない笑 こんなに長い遺書は亮平くんにしか送ってないからね。

 あ、そうそう。わたし頑張っていじめがばれないようにしてたけど、本当に誰も気づいてなかったのかな? ばれたくないって必死に笑顔作ってたけど、誰もおかしいとは思わなかったのかな? 誰も思ってなかったってことはわたしの演技力は捨てたものじゃないね。生きてたら女優だって目指せたかも笑 わたしけっこうモテてたから可愛いってことだよね。よく友達にも言われてたし。人気女優になれてたかもな~。

 この手紙はわたしが死ぬ前日に書いてるんだよね。郵便局に出しに行かないといけないからもう時間がないや。最後に亮平くんに言いたいことを書こうかな。

 小学校の頃からずっと同じクラスで、よく一緒に遊んだりしてたね。家も近いからよく遊びに行ってたっけ。最近はなかなか遊びには行けなかったけどそれでもわたしの一番の親友。

 中学生になっていわゆる思春期ってやつが来て、わたしけっこう亮平くんのこと意識してたよ。亮平くんもそうだったらいいんだけど、全然そんな素振り見せないから不安だったんだ。

 中三の時に亮平くん後輩の子に告白されてたよね。実は偶々告白シーンを見かけちゃってね。とてもヒヤヒヤしたけど、断ったことを聞いてとても安心したことを今でも覚えてる。

 まぁ言っちゃえばわたし亮平くんのことが好きだった。いつからかは分からないけどね。いつの間にかってやつ。

 え? どこに惚れたかって? さすがにそれは手紙でも恥ずかしいから勘弁して笑

 亮平くんはわたしのことどう思ってたのかな。好きだったのかな。あーとても気になる。でもこの想いを伝えたときにはわたしはもういないんだよね。

 なんかごめんね。こういうところで告白されても辛いだけだよね。

 でもわたしいつも他の人のために頑張って自身を押し殺してきたと思う。だから最初にして最後のわがまま。こういう手紙で想いを伝えて亮平くんには一生わたしを背負って生きてほしいな。巷ではこういうのをヤンデレっていうのかな?笑

 やっぱりわたし亮平くんが気づくことに期待してた。カッコよく私を救ってほしかった。ずっと待ってた。亮平くんが助けてくれることを。

 でももう限界だね。■■■■■■■■■■■。

 亮平くんはわたしがいなくなってもいつも通りに過ごしていればいいよ。

 あ、でもちゃんと一人で起きないといけないしお弁当も自分で作らないとね。家計苦しいんだから買うわけにいかないもんね。あと授業中寝ないように! わたし以外にもノート見せてくれる人いると思うけど友達に頼りすぎないで少しは自分で頑張ってね。授業中寝るからテスト勉強も大変になってるんだから。

 うーん。わたしがいなくても亮平くん大丈夫かなぁ? やっぱりわたしがいないとダメかな? でもわたしは亮平くんを信じてるから。天国には行けないと思うけど地獄でも亮平くんを想ってるから。

 新しい紙を埋めるのも大変だし、この辺で終わりにしようかな。時間もギリギリだし。

 健康に気を付けてね。お父さんとお母さんを大切に。好きな人くらいはちゃんと助けてあげて。

西城志乃より』


 俺はバカだ。アイツが俺のことを好きなんて気づきはしなかった。俺にしてくれること全部幼馴染の誼だと思ってた。

 それがなんだ。アイツは俺のことが好きで、アイツは俺が救ってくれるのを待っていた? 笑わせんな。

 アイツがいなくなってやっと気づいた。俺はアイツのことが好きだった。いつも一緒にいてそれが当たり前だったから失ってからようやく気づいた。とんでもない大バカ者だ。

 アイツがいなくなって俺の心にはとてつもなく大きな穴が開いた。それはほかの何かでは埋められない。埋めようとしても零れ落ちる。アイツじゃなきゃ、志乃じゃなきゃ意味がない。

 俺は志乃のいじめに気づけなかった。もっと志乃を大事にしていれば気づけたかもしれない。もっと早く自分の気持ちに気づいてたら志乃をこの世に引き留めることができたかもしれない。

 志乃は俺に気づいてほしかったのだ。他でもない俺にだ。全ては俺に責任がある。「皆が」ではない。「俺が気づいてあげられなかった」のだ。

 いくらでもたらればが思いつく。後悔は尽きない。あのとき、あのとき、あのとき……。

 あの遺書の『でももう限界だね。』に続く言葉が気になる。そこだけペンで黒く塗りつぶされている。おおかた『いくら待っても気づいてくれない』とか『こんな苦痛早く終わらせたい』とかだろう。

 どれだけの苦しみを耐え抜いてきたんだろう。何のために耐え抜いてきたんだろう。誰かに相談すれば助かっただろうに。歴とした犯罪行為だしすぐに警察が動き出すはず。なのにしなかった。十年以上も一緒にいたのに志乃のことが全然わからない。

 志乃のいない日々はすでに普段と全く違う日々だ。いつも通りなんてどこにもない。日常のどれ一つとっても全て志乃に結びつけてしまう。そのたびに胸が締め付けられる。とても耐えられない。

 なんでお前を助けられなかった俺を信じてるとかいうんだよ。恨めよ、俺を。素直に嫌われた方がましだ。なんでそれでもなお俺を好きでいられるんだよ。

 なんで地獄とかいうんだ。お前は生涯で善行を山ほど詰んだだろ。いじめの仕返しだけじゃ善行ポイントは無くならねぇよ。

 なんでだよ。もっと書いてくれよ。まだ俺はお前の言葉が足りないんだよ。もっと書いてくれよ。郵便局の営業時間なんて気にせず書けよ。なんならもっと早くに書き始めろよ。

 なんでこんな遺書書くんだよ。そんなのいいから生きててくれよ! 頼むよ。なんで殺したんだよ。なんで自殺すんだよ。なんでも俺が支えてあげるから話してくれよ。お前が好きな俺を信じてくれよ。



 ふう。こんな感じかな。なかなか自分でもいいもの書けたでしょ。全米が泣けるね。

 おっと。さすがにこれは消さないとダメかな。

 『亮平くんを守り抜くのも』

 亮平くんにまで危害がいかないように従順になってたことを亮平くんが知ったらそれこそ一生立ち直れなくなる。もしかしたら自殺だってしちゃうかも。そんなことはさせない。

 修正テープだと透けたりはがされたりしたら読まれちゃうからペンでしっかり真っ黒に塗っておこう。書き直す時間もないしね。

 いつの日か、亮平くんが立ち直って前を向いて好きな子と結ばれる日を願ってる。でも心の中にはいつでもわたしがいると嬉しいな。隅っこでもいいから。

 そうだ、毎日夢に出てきてやろう! そうしたら絶対忘れられないよね。あ、でもいつまでも立ち直れなくなっちゃうかなぁ。好きな子と結ばれないかも……。

 そうしたらわたしがいつまでもそばにいてあげようかな。心の友としてね。「心に巣くう友」だけどね。うふふ。




あとがき

 こんにちは、奴衣くるみです。

 なぜかもらえたお年玉を使って『ポケットモンスター バイオレット』を買ってからというもの、プレイ時間が300時間を超えてしまいました。

 一向にランクマッチの順位が上がらず、萎えたので小説を上げようと思った次第です。


 『砂時計』の次にあげている恋愛小説(?)なんですけど、実はこの作品ちょうど2年前に書いたやつなんです。

 だから本来はシリーズじゃないんですけど、これも男女の恋愛ということでシリーズに加えたいんですけどどうですかね。

 正直この話が自分の書いた作品の中で一番好きかもしれません……。

 自分の趣味が結構詰まっている気がして恥ずかしいですが(幼馴染とかヤンデレとか)。


 この小説は、冒頭の一文「本当にクズばっかりだな、この世は。」というのが頭に浮かんでそこから走り書きしたものです。

 普段小説を書くとき、プロットとか話の展開とか最後まで決めずにその場その場でひたすら書きたいように書いています。

 なのでそのときそのときの感情の浮き沈みに影響を受けることが多く、今回の話は暗い気分で書き始めてどんどん明るい気分になっていったというのが読み取れますね。

 因みに今日は新作も書いていたんですけど頓挫しました。お察しの通りこの書き方をしていると途中で成り立たなくなって破綻することが多々あります。

 次の作品はいつできるのやら。


 『砂時計』のときと同じ系統のハッピーエンドの小説が続きましたが、これが好きな展開なんでしょうね(他人事)。

 それではまた。

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