あの初夏の日、ある晩夏の日【小説】
あの初夏の日。
私は友人の栗と一緒に学校近くの森に来た。きっかけは休み時間のとある会話。
「ねえねえ、単知ってる? 近くの森で人間の骨が見つかったらしいよ」
栗が椅子に後ろ向きに座って話しかけてきた。
「えー、何それ怖い。誰から聞いたの?」
「お兄ちゃん」
栗の話はいつもお兄ちゃんばっかり。そしてお兄ちゃんから聞いた話はいつもどこかぶっ飛んでいて信じるに値しない与太話しかない。
いつものようにジト目で栗を黙って見ていると、栗は慌てたように弁解する。
「ちがうよ! 今回は本当にそうなんだって。近所の人も話してるの聞いたもん」
「ふーん。でも確かに町一帯そわそわしてるというか、落ち着かない雰囲気あったよね」
普段から閑静な住宅街なんだけど普段の静けさと違う不気味な静けさだったり、挨拶するときも近所の人から警戒感をもっているのを感じられたり、登校の際に何かいつもとは違う雰囲気を感じ取ったのだ。
「今日の帰りその森まで行ってみようよ」
「なんでよ」
「こんな小さな町で事件なんてめったにないんだからさ」
最初は渋ったけど栗の野次馬根性に押されて結局行くことになった。
住宅街の隙間の道から入れば広大な森が広がっている。夏の間だけ利用で
きるバーベキュー場があったり釣りのスポットがあったりこの町内外の人々が多く利用している。
しかし少し奥に入れば、草木が生い茂り歩きづらく、木々の陰で日中でも暗い、そんな恐ろしい森に変貌する。子供の頃からよく森の奥に入ってはいけないと教わってきた。
昔、遭難事件もあったようだし、今回の件も誰かが遭難したのだろう。
その森の入り口に来てみれば黄色いテープが張られていた。
警官が黄色いテープの前で見張りをしているから入れそうにない。
「何があったんですか?」
栗に負けない野次馬根性を見せる青年に聞いてみると人間の骨が見つかったから立ち入り禁止になっているそうだ。
そしてその見つかった場所というのがどうやらバーベキュー場の隅らしいのだ。
「てっきり森の奥で遭難した人の遺体が見つかったんだと思ってた」
「ね。ってことは事件なのかな」
「怖いこと言わないでよ。それじゃあ誰かが殺して遺棄したみたいじゃん」
あの初夏の日。その日の出来事は、青春を駆け抜ける私たちにとってはただの1ページにすぎなかった。
この町に数年ぶりに帰省したのは8月の終わり。
上京して結婚して子供が生まれて子育てして。既に人生の半分以上を東京で過ごしているわけだけど、やっぱりこの町が一番落ち着く。
私の故郷に初めて来た娘と町を巡り、実家に着けば疲れて娘は眠ってしまった。
「遠いところからご苦労様」
栗が訪ねてきた。上京した私とは対照的に栗は町に残って実家の農園では働いている。それでも日々の出来事をメールでやり取りしたり、帰省したときは必ず会って話をしたりしている。
「栗ちゃんいらっしゃい」
「お邪魔しまーす」
私の母と出迎えてリビングに案内する。
「久しぶり。元気してた?」
「いつもメールで伝えあってるでしょ。そんなことよりもこの子が単の子供? 写真で見るよりめっちゃ可愛いじゃん!」
「ちょっと大きい声出さないでよ。ちょうど寝付いたところなんだから」
ごめんごめんと謝りながらも眠っている娘の頬をぷにぷにしていて反省の色がない。私の母も可愛い孫に会えて舞い上がっているらしく栗と一緒になって娘を愛でている。
散々私の娘を愛でたあと、テーブルを囲んで他愛もない雑談が始まった。
「そういえばさ、学生のとき森で人の骨が見つかった事件あったじゃん」
「あー。あったね、そんなことも」
どういう会話の流れだったか。森で見つかった人の骨の話になった。
栗の野次馬根性で現場を訪れてみたけれど、栗も私もすぐに興味が薄れ事件の詳細は全然知らないままだった。
「お母さんがさ、最近昔の話ばっかりするようになっちゃって。私が小さかったときの話とかさ、恥ずかしいからやめてって言ってるんだけど……。っていうのはどうでもよくて、お母さんがその事件についてちょっと教えてくれたのよ」
「ふーん」
すごい今更な話だけど、この町で事件といったらこれしかない。知っておいてもいいかなんて思って大人しく聞いてみる。
栗の話をまとめると、当時森の中には猟師小屋みたいなのがあって、ある青年がそこでリンチにあって殺され、遺体が森に捨てられたとのことだ。
「お母さんも知ってたの?」
「……えぇ、まぁ。結構ひどい話だったからねぇ。子供たちには聞かせないようにしていたのよ」
大人たちのなかだけで情報を抑え込んでいたのだろう。確かに子供に聞かせられる話じゃなかった。
「今はもうこの町に猟師はいなくなっちゃったから、その小屋もなくなってるんじゃない?」
「行ってみる?」
「いやよ、人が死んだ場所なんて」
「冗談だって」
栗の笑えない冗談でこの話は終わりになった。また別の話題へ切り替わり、雑談は続いていくのであった。
昨日は娘が昼寝をしちゃったものだから寝かしつけるのに苦労した。
そして栗から変な話を聞いちゃったからか、変な夢も見てしまった。
傷だらけの青年から逃げる夢。例の事件の話を聞いたことによって組み立てられたであろうその夢に、私はどこか変なリアリティを感じていた。
ある晩夏の日。
その日、私は家族で森にあるバーベキュー場を利用していた。
その日、私は体調が悪かった。
でも、年に一度恒例のバーベキューを楽しみにしていた私は、体調を家族に隠してバーベキューを楽しもうとしていた。
お父さんが炭に火をつけるのに手間取っていて暇だったので、何に惹かれたのか私は森の奥に足を踏み入れた。
別にそこまで奥というわけではない。鬱蒼と茂る草木をかき分けて進んだもののバーベキュー場はすぐそこに見える。
それでも数十メートルは進んだだろうか。向こうに人影が見えた。
それはゆっくり、しかし確実にこちらに近づいてきている。
私は自分のことを棚に上げて、森の奥に入っちゃいけないのに、なんてその人影を心の中で責めていると、やがてその人影がはっきりと見えるようになってくる。
目に青痣、額から血を流し、頬は瘦せ細り、上裸の肌には無数に切り傷が走っている。
それを認識した途端、恐怖で身体が凍り付き動けなくなる。
傷だらけの青年がすぐそこまできてようやく身体が命令を聞くようになった。
震える脚に鞭を打ってバーベキュー場へと走って引き返した。
途中、後ろから声が聞こえたかと思ったけど、それを聞き取ることを本能が拒絶し一目散に逃げた。
体調が悪かった私はバーベキュー場に着くともうフラフラで立っていられず、そのまま救急車で病院へと運ばれていった。楽しみだったバーベキューは中止になってしまった。
この夢に見覚えがあった。
バーベキュー場で倒れたときに見た夢と同じだ。
だけど、今になってふと思う。
今まで熱に浮かされて見た夢だと思っていたけど、もしかしたら倒れる直前の記憶だったのではないか。
つまり、あの死にかけの青年の前から逃げ出したことは現実だったのではないか。
その晩夏の日は、森で遺体が見つかる前年の晩夏。
その青年がそのまま助けられることなく、地に臥し亡くなって白骨化して、バーベキュー場が再び解放される翌年の初夏に見つかったのでないか。
栗は、青年はリンチにあったあと森に捨てられた、と言っていたけど、それはおかしい。
捨てるなら森の深いところに捨てるべきだ。人気のあるバーベキュー場のそばに捨てる意味はない。
しかし遺体が見つかったのはバーベキュー場の隅。
本当は捨てられたのではなく、自分の意志であそこに来た。そう考えた方が納得がいく。
つまり私が倒れた時に見たこの夢は、本当は現実だった。
まとめれば――。
リンチにあった青年はなんとか生き延びて猟師小屋から逃げ出し、助けを求めて人のいるバーベキュー場まで足を運んだ。
そこで当時中学生だった私と出会った。傷だらけの青年を見て戦慄した私は無我夢中で逃げだした。
必死に私を追いかけ声をかけたが振り向いてもらえず力尽きた。もしかしたら助けてもらえなかったことへの絶望で精神が折れ、力尽きたのかもしれない。
そして晩夏で閉まるバーベキュー場にそれから人が近づかず、翌年の初夏再びバーベキュー場が開いた時期にようやく遺体が見つかった。
私の背中にかかる声を本能が受け付けなかったけど、ここまで考えてみれば、青年が私にかけた言葉は容易に察しが付く。
「助けて」「行かないで」「見捨てないで」
私は死にかけの青年を目の前に逃げ出し、その記憶を夢と勝手に決めつけ、見殺しにした。
私は救えた命を救わなかった。私が殺したんだ。
「単? 何しようとしてるの⁉」
ああ、お母さんが何か言ってる。
自分の頭の中で出した結論を魂が拒絶する。
認められない。認めたくない。これが本当に一人の母親?
あれ? 私はいったい何を……?
あとがき
こんにちは、奴衣くるみです。
こうしてあとがきを書くのは高校文芸部時代の名残ですね。今さらですけどなんで書いてた/るんだろう。
普段ここにあげる小説は、「Ebb and Flow」という、砂が落ちきると世界が創り変えられる「砂時計」の世界で、繰り返される男女の恋愛を描く連作短編小説集がほとんどなのですが……。
今回は珍しくそういった恋愛話ではありません。
まあここに入ってる話が純粋に恋愛小説だとは言えない気もしますが……。
今回のジャンルはなんだと感じましたか?
私はホラーのつもりで書いていました。
大いにネタバレですが、自分が知らないうちに人を殺していたことに気づく、というのはめっちゃ怖いなと思います。
書いてる最中も自分がもし……と考えると背筋に寒気が止まりませんでした。
バイオハザードみたいな襲われる恐怖とは違ったこういった恐怖の方が怖いですよね。
こういったホラーは深夜に独り部屋に籠って書くものじゃないと身をもって実感しました。何回も背中に気配を感じてしまいました。
昔から主人公が論理を進めて最悪な考えにたどり着くという話を書きがちで、高校文芸部で最初に書いた話もそういう話(人は死にませんが)で、やっぱり書く人が書く人だからこうなっちゃうんよなぁとしみじみ思います。
いつになったらハッピーエンドの話をかけるのやら。
まぁこういう題材でハッピーエンドにする方が逆にバッドエンドな気がしますが。
次こそ、次こそ明るい話を……!
いつも通り突貫工事で書いたので拙い点も多いですが、もうここまでくると寧ろ”勢いで書いたもの”というのが奴衣くるみの作品の大事な一要素に感じます。
”書きたいときに書きたいものを書きたいだけ書く”をモットーに書いているだけはあって、やる気が続くうちに書き上げられる短編の話はちょくちょく上げていますが、長い物語はなかなか筆が進まないんですよね。
6月から暇なので気が向くときに進めていきます。
最後に。
いつの日だったか、某事件のWikipediaの記事を夜な夜な読み漁ったことがあります。少しその影響が見て取れますが、今回の物語は現実とは全く関係のないフィクションであることを明言しておきます。
それではまた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?