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慶應義塾大学SFC初代総合政策学部長加藤寛先生に大学改革について聞く (3)

2011年8月の加藤寛先生インタビュー(1)(2)の続き(3)をお届けします。



日本語でも夢を語れない学生は英語でも語れない

加藤:今の学生は日本語でも自分のことを語れないから本当にどうか と思いますけれども。そこで嘉悦大学では、「カタリバ」とい うNPOの教育を取り入れたんですよ。これは慶應義塾大学湘南 藤沢キャンパス(以下SFC)を卒業した学生が作った団体です が、その代表の今村さんが今「TIME」誌などに取り上げられ て、世界的にも有名になっています。

このカタリバとは何かと いうと、日本語でいいからしゃべろうというグループです。嘉 悦大学に入ってきた人達は、最初は自分は夢なんて語れないと いう。そこで、カタリバにみんなが集まって上級生の話を聞い たり、それに反論したりなんかしているうちに、しゃべれるよ うになっていくというやり方です。このやり方を、大学では嘉 悦大学が一番初めに初年次教育に取り入れ、文部科学省の中央 教育審議会が嘉悦大学の初年時教育は素晴らしいと紹介したく らいなんですね。自分は夢など語れないとばかにしていた学生 が、しゃべり始めたら夢がだんだんできてきて、今何をやりた いかと聞くと、自分は将来愛情をもって人に接するような警官 になりたいと話すようになった。今2年生ですが、警察官の試 験に合格しようと一生懸命勉強しています。

鈴木先生は、これを英語教育でされたんですよね。みんなが自 分の知っている言葉を使って自分を表現する、ということをや らせる。これが大切ですね。でも日本の教育はこれをやらせな いようにするんですよ。だからみんな英語がいやになって、や らなくるということだと思うんですね。だから鈴木先生がして いることは、これは教育全てに通じるものだと感じています。

鈴木:ありがとうございます。これは、SFCに始まり、千葉商科大学 でも立命館大学でも採用した方法ですが、英語の最初の1時間 目では、まず人間関係を作るようにしています。日本語でも話 したことがないクラスメートが、人間関係もないままに英語で 話せるはずがありません。だからまずはみんなで日本語で思い っきり話します。するとお互いに知り合うようになり、出身 地、出身高校、クラブ活動、アルバイト、授業などについて意 見交換をするようになります。

それを「英語で言ってごらん」 というと中学校や高等学校で習った表現でいとも簡単にこなし ます(拙著『プロジェクト発信型英語 Do Your Own Project Vol.1』南雲堂 Unit 1 を参照してください)。その輪が広がれば、やがて、外国の人たちも入ってくる ようになり、自然に英語で世界中の人たちとコミュニケーショ ンする環境が整います。SFCでも千葉商科大でもそうでした し、今の立命館大でもそうです。 でもこの方法は、SFCの開設初年度にはまだ実践していません でした。

実は加藤先生からヒントを得たんですよ。加藤先生が いらっしゃるところには笑いが絶えず、先生がいろんな人に話 題を振ると、いろんな話ができたんですね。私は教員ですが、 その私でも加藤先生とはそれまでお話しする機会もなかったで すし、緊張していましたけれど、先生のおかげでだんだん話せ るようになりましたし、ご一緒していた他の初対面に近い先生 方ともそこで話すようになりました。やっぱり人間関係が非常 に重要だと気付きました。もともとは先生からヒントを得まし た。


加藤:最初は怖い顔をしている官僚出身の先生方も、話していると、だん だん口がふっと笑うようになって、みんながしゃべるようにな るね。

鈴木:学生も同じで、みんな自分と同じ普通の人間なんだと分かる頃 から始まると、メッセージが湧いてきて英語で発信していくん ですよね。大学によってカラーはありますし、確かにはじめは 英語のクオリティには差があるかもしれませんが、そんなこと はどうでもよくなります。それぞれ面白い、インパクトある発 表をしてくれますから、世界中に友達ができてみんな英語を話 すようになります。

嘉悦大学での新しい取り組み

鈴木:嘉悦大学ではカタリバのほかにも、新しい英語教育を今年スタ ートさせたと伺っておりますが。

加藤:初年次教育のカタリバが評判良く、次は語学だということで、 SFC卒業生の嘉悦先生が頑張っています。

鈴木:嘉悦先生はSFCの1期生で、SFC時代は私の授業もとり、アド バイザー・グループのメンバーのお一人でもありました。SFC の大学院を修了してこちらの嘉悦大学で教鞭をとり活躍されて います。嘉悦先生、 その新しい授業について簡単に説明して いただけますか?

嘉悦:この授業は、今年4月からスタートさせた、英語の単位を落と した学生のための救済策です。スカイプを使って、本学とフィ リピンをつないで授業をしています。これはそもそもは商用の サービスで、やはりSFC卒業生がスタートした事業です。日本 側の英語学習という目的だけでなく、フィリピンでは大学を卒 業してもなかなか就職先がないため、フィリピンのエンパワー メントといった側面もあります。嘉悦大学ではこれに目をつ け、授業に取り入れることにしました。

スカイプをつなぐ相手 は大学を出て教育を受けた、英語もパーフェクトな方達です。 こちらはそもそも単位を落とした学生達ですから、できは悪い はずなんですけれども、引き出してくれるのがうまいので、と ても楽しそうに話しています。この授業を行う教室はもちろん 無線LANで、プロジェクター3台で教室の前後に3人の映像が映 し出せるようになっています。まだまだスタートしたばかり で、英語で情報発信をするには長い距離がありそうな気はしま すが、自己紹介から始まって、みな楽しく話しています。

鈴木:まさに私の目指すところと同じですね。外国にいる人達とは簡 単には会えませんので、まず、オンラインを使ってお互いの文 化や言語を交換する。最終的にはface-to-faceで会えるように してあげるのが、私の描く未来図です。学生達と外国の友達が 行ったり来たりできるようにしてあげたいですね。またその授 業の成果について、後日聞かせてください。

TOEFLメールマガジン読者へのメッセージ


鈴木:それでは加藤先生、最後に、TOEFLメールマガジンの若き読者の方々に向 けて、英語の重要性、どういう英語が必要かということをお話 いただけますでしょうか。

加藤:自分の言葉でしゃべる。これが一番重要ですよね。これができ るようになったら、外国に行っても恐れなくなります。今日本 の若い人がわりと平気で向こうの方と溶け合うんですよね、そ れはやっぱり自分で自分のことを言えるようになってきてい る、ということが大きな特色だと思います。ぜひそれを続けて いって欲しい。

鈴木の感想

1990年にSFCが開設した時に、加藤先生は60代の半ばを過ぎた頃で あったと思います。私もちょうどその年に差し掛かりま した。先生は、当時あまり聞きなれなかった名称の学部の立ち上げの陣 頭指揮を執られていらっしゃいました。私たち凡人にはとてもできるこ とではありません。当時の先生の年に差しかかった今、その感を一層強 めています。そんな激務の中で先生の周りは明るく絶えず笑い声が溢れ ていました。嘉悦先生はその時18才、加藤先生の総合政策学の授業に 足早に急ぐ姿が目に浮かびます。加藤先生を嘉悦大学の学長にお迎えし て、色々な素晴らしい試みをしていますが、嘉悦先生自身英語教育に携 わり、学生さんが英語で話せる機会を工夫されています。私が加藤先生 から学んだことはみんなが楽しくコミュニケーションできる場づくりで す。嘉悦先生もあれから20余年、オンラインで交流する学生さんを見 させていただきましたが、英語でカタリバを作ろうとする熱意に満ちて いました。これからが楽しみです。 


2024年8月追記

表紙の写真は1990年開設当時の慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスです。写真右手のアルファ館の3階に加藤先生の総合政策学部長室がありました。慶應義塾大学の三田、日吉、矢上、信濃町など4キャンパスはそれぞれ所在地区をそのまま取ったものです。それに倣って「遠藤キャンパス」とか「藤沢キャンパス」などが候補にあがりましたが、どうもしっくりきません。その時です。「湘南も入れて湘南・藤沢キャンパスShonan-Fujisawa Campus,SFCではどうでしょう?」と加藤先生の提案。みな頷きました。1989年晩秋の新学部設立準備委員会の会合の一幕です。そうです、SFC名付け親は加藤先生です。

加藤先生は学生さんや若手教職、職員と談笑するのがお好きで、学部長室のドアはいつも開いており訪問者は絶えませんでした。その後学長として移籍された千葉商科大学と嘉悦大学でもそうしたお姿を拝見いたしました。生涯一貫して大学改革を目指し若手の育成に並々ならぬ力を注いでいたからでしょう。とりわけ英語教育改革には熱心でサポートしていただきました。

実は、加藤先生がSFC設立準備委員会に入る前に新キャンパスではあえて英語を必須にせず選択にすると決められていたようです。SFC全学生の半分近くが英語を履修していません。相当英語力がある学生が集まり英語を必須にしなくてもよいだろうと予想して決定したと聞いております。筆者自身もその決定後に参加したのでそのまま受け入れましたが、内心では一般入試に数学・小論文方式があり大丈夫かなと思っておりました。加藤先生もそう危惧していたものと想像します。蓋を開けてみると案の定英語選択者の中に英語力に不安を抱える学生さんが相当数おり対応が後手になって不満の声が漏れてきました。そんな時キャンパス内をあるいていると加藤先生に呼び止められ、そこで言われたのが

「鈴木さん、英語が不得手の学生の面倒をみてください!英語が好きになるようにしてあげて下てください!」

でした。 

一兵卒の筆者を捕まえての一言でした。すぐさま同僚の田中茂範氏そして霜崎實氏に相談し、TOEFL IPTで450点以下の学生さん(両学部平均は約500点)約100名を対象に、Action, Communication , English (ACE)と称するプログラムを開発・実装しました。2年間で全員が英語でリサーチし、presentation、debate、academic papersを書けるようになりました。ACEは後の「プロジェクト発信型英語プログラム」Project-based English Programの礎です。拙著『英語教育グランドデザイン:慶應義塾大学湘南藤沢SFC実践と展望』(慶應義塾出版会)にその詳細が記してあります。

サポートいただけるととても嬉しいです。幼稚園児から社会人まで英語が好きになるよう相談を受けています。いただいたサポートはその為に使わせていただきます。