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アゴしか映らぬテレビ初出演の話

今から約10年前、フリーライターになって1年目の夏。ブログのお問い合わせフォームからテレビの出演依頼が届いた。

これは若者を狙った新手の詐欺か?とどこかで疑いながらメールを返し、翌日には担当者と電話して企画書を拝見。どうやら本当らしいと分かった時には正直浮かれた。独立直後にテレビデビュー、字面だけ追えばなんとも華々しい話である。

出演依頼をくれたのは、とある討論特番。歯に衣着せぬ論客芸能人ご一行が、さまざまな社会問題をテーマに集った一般人ゲストたちをぶった切っていくトークバラエティだそうだ。

わたしが呼ばれたテーマは「短期間で会社を退職する若者」だった。フリーライターになる前の職歴は、まず新卒入社した会社を2ヵ月でクビ、転職先は同じく2ヵ月でメンタル終了、次の会社は我ながらよくよく頑張って勤続1年半。「どう考えても会社員、ひいては労働にも向いていない」などと自嘲交じりでブログに綴ってきたが、インターネットで粛々と晒してきた人生の恥部が、まさか全国ネットに晒される日がこようとは。
 

番組スタッフといくつかメールを交わし、後日打ち合わせのためテレビ局に出向く。小さな会議室のような場所に通され、最初に早期離職に関するアンケートを記入し、その回答を元に番組スタッフからインタビューを受けた。

話によると、わたしはまだ出演候補者の一人でしかないそうだ。候補者全員と打ち合わせの末「この人が出演したら面白いだろう」とスタッフに選定された場合のみ出演権を獲得できるらしい。推定倍率は約5倍とのことだった。

正直、離職に関してそれほどテレビ向きの強いエピソードはないんだよな……と頭を捻る。そして、前職時代につらかったことを聞かれた際に「休日出勤した夜に発熱して翌日会社を休むことになり、夕方には熱が下がったので平熱表示の体温計写真をSNSにあげたら、直後に会社から『SNSより会社に連絡するほうが先だろう』と叱責メールが届いたんですけど、SNSで上司と繋がってるとこういう時アレですよね~エヘヘ」という心からしょうもないエピソードをヘラヘラと話した。

 
そのちょっとイラッとくる様相が番組の趣旨に合っていたのだろうか。打ち合わせからしばらく経った頃、番組スタッフから正式な出演依頼メールが届いた。倍率5倍の競争を勝ち抜く人生初体験である。

さらにメールには、インタビューで話した体温計エピソードを番組中に披露してほしいと書かれている。エピソードトークをするのは、一般人ゲストの中でも選ばれし精鋭のみ。正直めちゃくちゃ浮かれた。

トークの瞬間にはきっとカメラがわたしをぶち抜き、あのご意見番や言葉巧みなお笑い芸人ら豪華ゲスト陣からあーだこーだと揉みくちゃにされるのだろう。あるいは、うまく注目を浴びてテレビ関連の仕事依頼がきちゃうかも。あらヤダどうしましょうったら!なんて武者震いと皮算用が止まらない。

すぐさま、シェアハウスの住人たちにテレビ出演の報告をする。

 「すごい!でも真崎、着ていく服ある?」
 「ない!」

わたしの壊滅した私服センスを憂うおしゃれ女子が、少し胸元が開いたフォーマルなブラウスを貸してくれた。デコルテラインは肉で埋没しているが、襟のヨレた水玉Tシャツよりはマシだろう。服装も決まって準備はばっちりである。 
 
  

収録当日。バイト先の会社を早退して、都内某所にある収録スタジオに向かう。控室にはたくさんの一般人ゲストがいた。この中で早期離職の若者代表はウン十名。そして、わたしを含めエピソードトークをする精鋭数名が番組スタッフに呼ばれた。

トーク陣の顔と背格好をさりげなく見渡す。そして、受け取った台本をさらっと流し読む。

ここで初めて、わたしは恐怖で固まった。

もれなく全員、ビジュアルもキャラも肩書もエピソードも強い。強すぎる。

さらに、トークのトップバッターは雄弁な男性起業家、続いてわたし、そして後ろに控えるのは美しい女性経営者。どちらも会社員時代のエピソードは濃く、さらに現在の事業は好調という地獄のオセロである。謙遜なしに、わたしはこの場における唯一無二の無個性だった。どこのヒーローアカデミア。

この流れであの陳腐な体温計の話をするのは、もはや新手の罰ゲームではなかろうか。番組スタッフに「あの、え、わたし、本当にこの話で大丈夫ですかね? ちょっと面白くないというか、なんか前の会社に迷惑もかかるかな~って若干心配になったりというか、ね、エヘヘ……」と相談するも軽くいなされ、不安をかき消すようにゲスト用のカツ丼弁当を胃にかき込んだ。

収録開始30分前、スタッフの誘導で収録セットに移動する。扇形に開いた大きなひな壇には約100名の一般人ゲストがずらり。番組スタッフが我々に向かって「番組中はぜひどんどん発言してくださいね!みんなで盛り上げていきましょう!」とハッパをかけるも、こんな場で声高に発言できるのはスクールカースト上位の陽キャ特権だろ……とわたしの中の窓際陰キャが卑屈になるばかりである。

開始直前、いつもテレビで観ている豪華芸能人の皆さんが入場。スタジオが拍手に沸き、この時ばかりはわたしも大興奮で手を叩いた。お笑い賞レースでおなじみの某芸人さんは、雑談ですらしゃべくり漫才のごとく面白い。M-1グランプリのファン過激派としては鼻血モノのお宝百景だった。

 
そして、いよいよ番組がスタート。

スクリーンにオープニング映像が流れた後、クレーン付きのカメラがダイナミックに動きながらひな壇全体を映した。画面の外角低めに豆粒サイズのわたしも映る。華々しいテレビデビューの瞬間である。

さっそく「仕事をすぐに辞める若者」をテーマにゴングが鳴り、トップバッターの起業家青年が大スクリーンにどアップで抜かれた。この手の討論番組にふさわしい、昭和世代と絶妙に相性が悪そうなキャラと口調でかつての会社員エピソードをくり広げ、これまた口達者な芸能人の皆さんとの軽妙なトークバトルを見せてくれた。

 「で、会社作って実際稼げてるの?」
 「はい」
 「そこで働かせてください」
 (会場爆笑)

我が推しの芸人さんが完璧なオチをつけ、彼のターンは終了。討論バラエティにおける完璧なお手本を見せつけられ、ハードルを極限まで上げられたわたしの心臓は爆発寸前だった。

だが、ここまで来たらもう覚悟を決めるしかない。

大丈夫。バラエティ番組制作のプロたちが「面白い」と思ってわたしを選んでくれたのだ。ヘラヘラと、それでいて堂々と、しょうもない体温計エピソードをするぞ!!

 
「続いては、この人!」


アナウンサーの声とともに、ドーン!とスクリーンに映し出されたどアップの顔。明るく艶のある直毛ロング、目はギラギラと大きく鼻も高い、そしてデコルテラインがしっかり浮き出た美しい女性。

これが、わたし?
これが、テレビの補正力……?

そんなわけはなく、彼女はわたしの次に控えていたはずの美人女性経営者だった。あれれ~?とわたしの中のコナン君が首をかしげる。番組スタッフに困惑の目線を送るが一切目が合わない。

 
あ、これ、カットされたんだ。
 
どういう判断があったか分からないけど、わたしのトークは不要になったんだ。

そっか。おっけー。はは。いやまあこれでよかったと思うよ。全国ネットで醜態晒すことも前職の会社に迷惑かけることもなくなったしね。いやあよかった。はは。まあね。ほら。やっぱり面白くなかったよねわたしの話。わかる。キャラも弱いしね。テレビ映えしないよね。デコルテ埋没してるしね。はは。ね。

事情をお察ししたわたしは、軽い安堵、そしてどうしようもない羞恥と自己憐憫に包まれ、薄い微笑みを浮かべながらスウゥ……と存在を消した。

 
そんなわたしを尻目に、他の一般人ゲストたちも隙あらば果敢に声をあげて討論に参戦していく。その様はまさにダブルタッチ。ひゅんひゅんひゅんと高速回転するロープに次から次へと飛び込んでいくハイパフォーマー集団である。テレビ用の度胸に反射神経も持たないわたしは、ロープに入るタイミングをまったく見つけられずその場に立ち尽くすしかなかった。

幸か不幸か、わたしの前に座る男性はダブルダッチの達人だった。派手な見た目とよく通るイケボはテレビ映え抜群。発言のたびに何度もカメラに抜かれ、そのたびに後ろで地蔵と化したわたしの埋没デコルテ&アゴだけおこぼれ出演した。
 

結局1ミリの爪痕も残さないまま、気づけば早期離職の若者コーナーは終了。極度の緊張から一気に解放されたせいか、あるいは猛スピードで腹いっぱいつめ込んだカツ丼弁当の仕業か、次のトークテーマに移った瞬間わたしは激しい腹痛に襲われた。スタッフからは特に引き留められることもなく早退許可をもらい、ありがたく早期離席した。

お腹をさすりながら足早に控室へ戻るわたしの目に「控え室 黒柳徹子様」の文字が映る。いつかは『徹子の部屋』にゲスト出演するような、ビッグな女にオレはなる。そう小さく心に誓ってスタジオを去った。

 
あれから現在までの10年間、テレビの出演依頼は一度も届いていない。

 

読んでくださってありがとうございます◎