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【連載小説】放課後、ダンジョンへ行こうよ【1話】

 はじめに

 ようこそ、ぬーちゃんの連載小説の部屋へ。
 この作品は、小説投稿サイトに発表していたものをnote用に手を加えたものです。

 20万人くらいの人が見てくれて、ランキングも上位になったのですが、それでも「金にならん!」
 とにかく今の時代、「小説は金にならん!」
 ってことで、noteに引っ越ししてきました。(世知辛いのじゃぁ……)

 要するにライトノベル。
 ジャンルはダンジョンもの、ファンタジーです。

 まぁ、くそつまんねえ芥○賞とか、盛り上がらないノベル界をどうにかしたいって野望はあるんですが、とりあえず前置きはこれくらいにして、作品の世界にどうぞおすすみください。

【第1話】出会いは体育館

 ミーンミンミン、ミーンミンミン……


 あんなに世界を賑やかしていた蝉の声がフェードアウトしていく。

 わかるかな?

 あのはかなく弱っていく感じ。

 どこか寂しげで名残惜しい感じ。


「もう……夏も終わりなんだなぁ……」


 僕は下手な演技みたいにわざとらしく呟いてから、情けないツッコミを入れた。


「なんちゃって……」


 もちろん自分自身に向かってだ。

 セルフツッコミってやつ。


 だって本当は夏もまだ始まったばかり。

 やっと梅雨が終わって、今は初夏も初夏だ。


 そうなんだ。

 弱ってるのは蝉じゃなくて僕。

 めまいがして視界もぼんやり薄暗い。

 意識がフェードアウトしていく最中らしい。


「なぁんだ。ははっ……」


 ここは放課後の、誰もいない体育館の倉庫。

 蒸し風呂みたいな地獄の世界に、僕の渇いた笑いだけが響く。

 正直、笑ってる場合じゃないのはわかってる。

 死ぬ。脱水や熱中症で。

 干からびて死んじゃう。


「誰かぁ! 助けて! 誰かぁ、いないの⁉」


 僕は最後の元気を振り絞って叫んだ。


 だけど、虚しいことに返事は帰ってこない。


 梅雨が終わり、世界の気温は急激な上昇を見せている。

 太陽が傾きはじめたというのに、倉庫の中は依然として地獄の暑さだ。


 えっ、扉を開けて逃げればいいじゃないかって?


 それは無理な話だ!


 なんてったって今僕は、体操で使うあの分厚いマットに包まれ、さらにその上からバレーボール用ネットでぐるぐるに縛られているからね。


「誰かっ! お願い! 誰かぁ!」


 僕の声は涙まじりになっていた。

 石灰と埃の混じった空気が、喉と肺に追い打ちをかけてくる。


「だ、だめだ……」


 渾身の力を振り絞っても、この拘束は解けそうにもない。

 身体を揺すっても、重たいマットはびくともしない。


 ツイてないことに、今日は部活で体育館を使う人もいないらしい。


 つまり、どれだけ大声を出しても意味がないということ。

 みんな家に帰ってしまったみたいだ。


 もしかすると警備員さんや事務員が施設の見回りにくるかもしれない。

 だけど、それっていつのことになるやら。

 暑さと脱水で死んでからみつかっても手遅れなんだよ。


 やばい。まじで。

 きっと、明日か明後日の新聞に僕の記事が載ることだろう。


 『いじめで生徒死亡』


 はじめて有名になる理由がそんなんじゃ、どうにもむくわれない。
 親になんで謝ればいいんだろ。

 でも、許してくれるかな。
 こうなったのは僕のせいじゃないし。
 悪いのは、“あいつら”だからだ。

「ついにやりやがった……あいつら……」


 これまで学校では、事あるごとに仲間外れにされたり、ちょっかい出されたりしてきたけど、遂に犯罪レベルの実害が発生した。

 そう、あいつらってのは、サッカー部のレギュラーとかガチ爽やかイケメンとか、そんなイケてる奴らのことではない。


 僕に目をつけたのは、立場的に弱い人間をいじって、笑いを取ろうとするような悪人だ。


 要するに。僕のような人間をヒエラルキーから引きずり落とすことで、相対的に優位を保って、目立とうとするような人種。


 エスカレートした“いじり”行為は、ついに僕をマットにくるんで縛り上げ、蒸し暑い倉庫の中に置き去りにするというところまで来てしまったというわけ。


 この情けない姿もパシャパシャ写真で撮られたし、今ごろSNSにアップされている頃だろう。

 こんなど田舎の寂れた高校じゃ、たとえ炎上したところで、誰かが助けに来る可能性は低い。


「死ぬよ……ほんと。冗談じゃない」


 いよいよ、頭がくらくらしはじめた。

 キーンって耳鳴りが止まらない。

 口の中が粘つく。

 完全に視界が暗転し、感じるはずのない嫌な寒気が全身を駆け巡った時だった━━。



 ガラガラガラと、倉庫の扉が大きな音を立てながら開いた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 息を切らした二人の女子生徒が、倉庫内に飛び込んできた。


 なんてチャンスだ!

 そう思って、僕はすぐに助けを呼ぼうと思った。

 だけど、用具入れの隙間から女子生徒の御尊顔を見た瞬間、言葉を失ってしまった。


 なぜならその二人は、学園の女神にしてアイドルにしてマドンナにして高嶺の花にして━━とにかくあの花火さんと星蘭さんだったからだ。


 ━━尾道に花あり星あり。


 音に聞く、そんな風流な文言。

 他校の生徒の母親から、その言葉を人伝に聞いたという話を自分の母親から耳にしたことがある。

 もはやめぐりめぐり過ぎ、紆余曲折が過ぎて意味不明だ。


 でも、そんな彼女たちの存在の素晴らしさに関してはひとまず脇に置いておこう。


 とにかくいま僕の頭の上には、天使の輪っかと一緒に、大量のハテナマークが浮かんでいた。



 ……なぜ、ここに?



 ひとけない体育館の倉庫にわざわざ来る用事なんてそうあるだろうか?


 しかも、ふたりは相当長い距離を走ってきたようで、大きく肩で呼吸を繰り返している。


 おまけに、二人は見つめ合った状態のまま、頬を赤らめているではないか。
 完全に二人の世界。
 どうやら物陰に僕がいることなんて、よもや気づきもしなさそうだ。


 ……密会?



 そんな言葉が浮かんだ。

 なんだか気まずい。

 見てはいけないものを見てしまったかのような。


 まさか二人には、先生やお母さんには話せない禁断の愛的な、そんな秘密があったのか⁉


 なんだか……むしろ興奮する! 

 ……ではなくて。



「ねぇ、ホントだったじゃろ?」


 長い沈黙を破ったのは、花火さんの方だった。

 どぎつい方言とは裏腹に、透き通った色気のある声だ。

 ショートボブの黒髪。

 猫のような大きな目と少し拗ねたような小さな唇は震えていた。


「うんうん! ホントだった!」


 星蘭さんは少女のような高い声で、しきりに頷いていた。

 彼女は東欧人の血でも混じっているかのような、白い肌に丸い目と人形のような顔立ちをしている。

 すこしウェーブした明るい髪をポニーテールにしているのが最高だ。


「ホントにあったんだねぇ。ダンジョン!」


 やや間延びしたような口調。

 そんな星蘭さんの放った一言に、僕の“耳”は釘付けになった。


 美女二人は、お互いを落ち着かせ合うように両手を組み合わせている。


 黒髪の花火さんは、深く息を吐き出した後、早口でまくしたてるように、


「ねぇ、どうしようか? いつにする? いつもぐる?」


「えっ⁉ もぐる? 中に入るってこと?」星蘭さんは元から大きな目をさらに大きくした。「まずはお母さんやお父さんに話した方が……」


「だめ! 二人だけの秘密にせんと!」


「でも、二人だけじゃやっぱり危険じゃないかなぁ」


 ちょっと待てよ。

 どういうことだろう。

 僕はイカれ始めたポンコツ脳みそをフル回転させた。


 つまり。

 話の流れからするに二人はどこかでダンジョンを発見したらしい。


 それで探索をしようかどうかで議論しているのか。

 それで花火さんは乗り気な一方で、星蘭さんは戸惑いを感じているようだ。



 ……ダンジョン? ダンジョン。ダンジョン!


 あったんだ。本当に。ダンジョン。

 この世界にあったんだ。

 たんなる根も葉もない噂かと思ってた。


 僕はすっかり自分が死にかけていることも忘れていた。


 噂は単なる噂じゃなくて。

 ユーツーブで見た動画は作り物じゃなかったんだ。

 そんな感慨にも似た気持ちがこみ上げた。


 夢にまでみた。ダンジョンさえ身近にあれば僕は生まれ変われると思っていた。鬱屈した日常を打ち砕く、黄金のパスポートだ。



 はからずも良い事を聞いてしまった。

 これはなおさら死ねない。

 僕はそう決意し、ようやくふたりに助けを求めようとした。


 ━━のだけど。



「…………っ⁉」



 おかしい。声が出ない。肺が潰れたみたいに息も吸い込めなくなっていた。


 まずい。きっと暑さで身体とか脳とかがおかしくなってしまったんだ。

 しょせん脳はタンパク質。

 暑さに加えて脱水と酸欠が重なれば、色々おかしくなるのも無理はない。


「星蘭ちゃん、わかった? 誰にも言っちゃだめじゃけぇな」


「うん、でも、ダンジョンは怖いよ。せめて色々準備したりしてからの方が……」


「それはそうだね。じゃあ、ここを基地にしよう」


「きっ、基地ぃ?」


「ほら、情報が漏れたらまずいし。この体育館倉庫を拠点にするの。ここで準備したり、作戦会議するんよ。ナイスアイデアじゃろ?」


「う〜ん。まぁ、それなら…、。でも、危ない目に合いそうだったらすぐに中止ね? これは絶対だよ」


「わかったわかった!」


 二人は議論を終えると、倉庫を出ようと動き始めた。


 やばい。このタイミングを逃したら、この後に待っているのは本当に死のみだ。


「あぁ〜、はぁあ〜!」


 僕は、必死にかすれた息をもらした。


 でも、決死の叫びはあえなく蝉の声にかき消される。


 これでは駄目だ。

 そうさとり、作戦変更。

 今度は身体を大きく揺らした。


 マットにリズムよく力を伝え、振り子のように身体を前後させるんだ。


 何でもいいから物音を発さないと。


 もうどうなってもいい。

 この情けない状態とか、いじめられてかっこ悪いとか、そんなの考えるのもなし!


 って思った次の瞬間、マットに包まれた僕の身体が傾いていく。

 物音どころじゃない。

 ガッチャンガッチャンと、周囲の体育用具をなぎ倒しながら、僕はひっくり返っていた。


「きゃっ」と二人の重なり合う悲鳴が、遠のく意識の向こう側に響いていた。




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