【連載小説】放課後、ダンジョンへ行こうよ【第2話】

【まえがき】

今日も引き続き連載小説の第2話を投稿します。
これから国家試験の勉強で忙しくなりますが、途中で更新が途絶えることのないよう継続していきます。

時間をあけて見直してみると、自分の作品のクセが見えてきますね。
もっと直感的に理解できる文章を書きたいのですが、気を抜くと小難しくなってしまいます。
目指すはマンガ。さらさらと読めるようにしていきます。

【第2話】デッド・オア・ダンジョン



「ねぇ、大丈夫? ねえってば?」


 どこからかおそるおそるといった感じの声がして、それからぺちぺちと自分の頬を誰かが叩いているのがわかった。

 こころなしか微風を首筋に感じる。


 ……なにが起こったんだ?


 まだ頭が混乱している。

 たしか僕は体育館の倉庫で死にかけていて。


「おぉい! 生きてる?」


 その声は花火さんのものだ。

 遥か遠くに漂っていた意識が身体へと舞い戻ってくる気がした。


 僕はおそるおそる薄目を開けた。

 星蘭さんが下敷きをぱたぱたさせて、横から風を送り込んでくれていた。


「こ……ここは……?」


 天使のように文句のつけようがない顔がふたつ、目の前にあった。


 ここは天国?

 まさか死んだ?


 いや、そんなわけ……ないよな。


 背中にひんやり、木の床の感触がある。

 暑さも倉庫よりは幾分マシだ。
 どうやら僕は体育館に運ばれたらしい。


「良かった。死んじゃったかと思った」


 お人形さんのような顔の星蘭さんは、心から安堵したように胸を撫で下ろしている。

 二人が僕を救い出してくれたのか……。


「ねえ、どうしてあんなところにいたん?」


 花火さんは少し責め立てるような口調で、怪訝な顔をぐいと近づけてきた。


「うっ、それは……」


 僕はほとんどカラカラの唾を飲み込んだ。

 こんなに顔が近いのに毛穴のひとつも見えない。ていうか、女の子とこんなに接近したこと自体、僕の人生の中では異例なことだ。


 返答に困るという以前に、頭の中がパニックになって何も言葉が浮かんでこなかった。



 ※


「はやく選んでいいよ」


 花火さんは腕組みをして言った。

 いいよと言っているのに、なぜか苛立ち半分に命令されたみたいだ。


 煌々と光る自動販売機。

 校舎の横の食堂前に置かれているやつだ。


 既に日は沈んでいた。


 部活をしていた野球部員とか教室で自習していた学生たちが、僕たちの後ろを自転車で駆け抜けていく。


 僕は顔を上げて、花火さんと星蘭さんを見比べた。


「ほ、ほんとうに良いの?」


 ジュースはいつでも買える状態だ。

 そのお金を入れたのが花火さん。つまり、“おごり”ということらしい。

 そんな気前のいい(?)彼女は、少しツンとした顔で、空中でさまよう僕の人差し指を見つめている。


 なにか凄く重大な選択を迫られているような気がする。


「えぇと、どれにしようかな……」


 僕はもう一度ふたりの顔色をうかがった。


 いや、あまり迷っている余裕はなさそうだ。


 なぜだかわからないけど、花火さんは怒ったような顔をしているし、星蘭さんは困ったような顔をしている。


 仕方なく僕は無難な選択をした。

 スポーツドリンクだ。

 一刻もはやく水分補給をしたいし。


「ぐっ、ぐっ、ぐっ……」


 口の横から溢れ出そうなぐらい。ボトルを縦に傾けて、喉に流し込んだ。

 もちろん、こめかみに二人の視線をひしひしと感じながらだ。


「ぷはぁ……」


 一本まるまる飲み干した僕は、口元を拭った。膝に手をついて、深呼吸を繰り返す。


「生き返ったぁ……」


 僕の声は独り言のように響いた。

 星蘭さんは、そんな僕と花火さんの顔色をちらちらと交互にうかがっている。

 相変わらず思いつめたような表情をしていた花火さんは、やっとこう切り出してきた。


「それで、どこまで話聞いていたの?」


「えっ?」僕はぽかんと口を開けた。


「だから、あの話。私たちが倉庫でしていたはなし!」


 花火さんは、苛立つように言った。それを鎮めるように星蘭さんが花火さんの袖をひっぱっている。

 なるほど。大事な話というと、やっぱりあれかな。


「あぁ、ダン……ッ⁉」


 そこまで言いかけた瞬間、花火さんの手がぬっと僕の口に伸びてきた。

 女の子とは思えない力強いプッシュ。

 僕の身体はよろよろと自販機の裏の物陰まで押し戻されていた。


「むがむがむが」


「ちょっと声大きい! 誰かに聞かれたらどうするんよ!」


「むがむがむが……」


「えっ⁉ なにっ⁉」


「花火ちゃん。口を塞いでたら喋られないよ」


「あっ、そっか」


 僕は水面に顔を出したダイバーのように空気を吸い込んだ。とにかくすごい力だった。

 花火さんも熱が入り過ぎたのを認めているのか、少し気まずそうな顔をしている。


「とにかく」と星蘭さんはおっとりした口調で続けた。「今の感じだと、しっかり聞いてみたいだね〜」


「まぁ、そうなるよね。あぁ、参ったなぁ。いっそ瀬戸内海に沈めようかな?」


 本人が目の前にいるというのに、花火さんが頭を抱えながら恐ろしいことを言う。

 しかも真顔で。


「そんなの駄目だよ〜。それならマットで包んだままにしておけば良かったってなるでしょ?」


 うぅん? 星蘭さんもなんだかおかしなことを言ってるぞ?

 しかし残酷な発言している自覚はないのか、彼女は続けて、


「でも、そこまで気にしなくてもいいと思うけどなあ。場所まで知られたわけじゃないんだし」


「いやいや、そうも行かんけえ」花火さんは肩をすくめて、「ここで生かしておいたら、のちのち尾行されるかもしれないでしょ」


「いや、そんなことはしませんけど……」


 あわてて僕は否定した。

 けど、内心では尾行する気まんまんだった。

 ダンジョンと聞いて何もしないわけがない。


 ふたりとの縁はもう無くなるだろうが、ダンジョンという名の幸福への切符を手放すつもりはない!

 いってみればこれは人生一発逆転の大チャンスだ。


 僕はこっそり拳をぐっと固めつつ、そろりと踵を返した。

 いったん姿を消して二人を油断させる。

 それから隠密行動といこう。


「では、僕はそろそろこのへんで……」


「待った! まだ話は終わってないよ!」


 花火さんががしっと僕の肩を掴んだ。

 くるっと強引に身体を回転させられ、僕は再び花火さんと対面した。

 じとっとした疑いの目はよりいっそう強まっている。


「な〜んか怪しいんよね。まさか、なんか企んでる?」


「(ぎくっ……)」


「そもそも見ない顔じゃね。君、何年生? 本当にうちの学校の生徒なん?」


 花火さんは、不審者を問い詰めるみたいに訝しげな顔を近づけてきた。

 僕はたじたじと後退りながら、


「何年生もなにも、おなじクラスなんですけど……」


 あぁ、悲しいかな。

 これでまた僕が空気であることが証明された。

 学園の最強アイドルからすれば、僕なんぞ認識の”に”の字もなかったらしい。。

 さすがに見覚えくらいは、という淡い期待は打ち砕かれた。

 心の中で激しくへこんでいると、


「あっ、思い出した」


 ぽんっと星蘭さんが手を叩いた。

 僕はさっと顔を上げた。

 一筋の光明が射す。きっと名前を思い出してくれたのだ。

 さすが常に成績学年トップの星蘭さん。


「確か……ガムヤマ君…だっけ?」


 僕の肩ががくっと落ちた。

 膝から崩れ落ちたい気分だ。


「ガムじゃなくてグミです。具味山キリル! ガムヤマなんて変な名前じゃないっすから」


「具味山も十分ヘンだと思うけど」


 花火さん……さらりと傷つくことを……。

 僕はこれ以上落胆したくない一心で、わざとらしく肩をすくめてみせた。


「変な名前で悪かったですね。全国の具味山さんに謝ってくださいよ」


「他におらんじゃろ、そんなへんてこネーム」


「まぁまぁ、二人とも」星蘭さんはなだめるように両手を出した。「この際、具味山でもガムヤマでも、どちらでもいいじゃない」


「ええっ、なんで⁉ 全然どっちでも良くないですよ⁉ 名前なんですから!」


 やっぱり思ったけど、まともなふりして星蘭さんもどこかおかしいぞ。

 この人が名前を間違えたのに、なぜ僕が諭されてるみたいになってるんだ。


「まぁ、なんでもいいですよ」


 名前くらい覚えてくれてるだろうとか、少しでも期待してしまった自分がバカらしい。


 どう足掻こうが、この高嶺の花ふたりに比べたら僕は地面に生える雑草。しょせん住む世界が違うんだ。


 運よく命拾いはしたし、明日友人には二人と話したって自慢話ができる。

 今日の事件は、しょぼくれた学生生活の中で唯一輝かしいハイライトとしていい思い出になるだろう。


 それでじゅうぶん。

 僕も高校二年生。

 もう人生にそこまで期待なんてしないさ。

 太陽に近い場所で美しく咲く花があれば、陽のあたらないじめじめ暗い場所でひっそりと生きる苔もいる。

 それが世の中ってものなんだ。


 僕は咳払いをして、話のまとめに入った。


「とにかく大丈夫ですよ。その話は誰にも言いませんから。そろそろ家に帰ってもいいですか?」


「う~ん。それが、どうも信用ならないのよね」


「そう言われてもなあ。じゃあ、逆にどうしたらいいんですか? 口止め料でも払います? 誓約書でも書きましょうか?」


 簡単には解放してくれないらしい。

 かといって、口約束以外僕にできることはないし。

 まさか本当に海に沈めるつもりかな。

 なんて考えていると、星蘭さんが再びぽんっと手を叩いた。

 さすがの二度目は嫌な予感がした。


「ねえ、花火ちゃん」と耳打ちをはじめた。「こしょこしょこしょ」


「ふんふん。おっ、それは良い考えじゃね!」


 花火さんは僕を見て、にやりとたくらみフェイスを浮かべた。

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