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「今」 2年 斎藤朋風

インカレまで残り20日!
今日の担当は2年、斎藤朋風です。

昨日の莉沙子の紹介であったよう、私は一週間前、約一年ぶりに復帰しました。また、復帰までの約一年間で二度の手術を経験しました。
今回はこの約一年間について、簡単に書きました。私事の拙い文章ではありますが、最後まで読んでいただけたら嬉しいです。


一度目の手術は今年の一月、両足の甲でした。その頃の私は手術をしたら、いい方向に進んでいくと考えていました。

ですが、現実はそう甘くはありませんでした。

手術前の予定や、自分の予想から現実は大きくかけ離れていき、術後も痛みが残り、思うようにリハビリも進まず、何のために手術をしたのだろう、何故こんなにも上手くいかないのだろうと考える日々が続きました。
それでもある程度痛みと戦いながらも、少しずつ出来ることが増えていく事が、そのときは何よりも嬉しかったです。

四月に入り少しずつボールが蹴れるようになり、復帰への希望が見え始め、勝手にもうすぐ復帰できるんだと思い込んでいました。
そんな希望が見え始めた頃、腰に今まで感じたことの無い痛みを感じ始めました。


この痛みを感じた時、一瞬で復帰への希望はなくなったと確信し、それと同時にまた先の見えない戦いへのスタートとなりました。


私が腰を痛めたのは五月、その頃ちょうど関東大学女子サッカーリーグの初戦でした。

昇格し、初めて一部でのリーグ戦というのもあり、いつも以上にチームメイトの頑張りが伝わってきました。


そんな頑張っているみんなを見て、素直に応援したい自分がいるのと同時に、心の底から応援できていない自分も正直いました。
試合のビデオ撮影をしながら、普段の練習を見ながら、訳も分からず涙することも何度もありました。そんな自分さえ嫌になる事も、ありました。


今までだったら当たり前に言われて嬉しかった言葉「頑張れ」や、「待ってるよ」など全てがプレッシャーに感じてしまう時期もありました。


五月に腰を痛め、二ヶ月ほど安静にしていましたが、状態は変わらず八月に二度目の手術し、今に至ります。
今思えば、手術後のリハビリ期間より、何もできず、安静にし、見ていることしか出来なかった二ヶ月が一番苦しかったのかもしれません。


私は怪我をし、手術をし、リハビリをしてきた期間を振り返ると、もちろん辛いこと、苦しいことの方が多かったです。目標を失い、先が見えず、本気でサッカーから離れることも考えました。
でも、それと同時に怪我をしなければ気が付かなかった事も多くありました。

 
改めて気が付いたことの一つでもある、支え。この期間はたくさんの人に支えてもらいました。それぞれ色んなものを抱えながらも、一番近くで支えてくれた人に私は、感謝の気持ちでいっぱいです。

私は怪我の期間を経験したからこそ、当たり前のように「走れて」「蹴れて」「頑張れる」ことの有り難みを、強く感じることが出来ました。

振り返ってみると怪我をしていまい手術をした事も、多くの事を考えさせられる良い機会だったのかもしれません。

怪我を経験したから、今の私があります。

この期間があったことで、考え方も変わり、
いつ何が起こるかわからない不安を抱えながらも、今、サッカーが出来ているこの状況を全力で楽しみたいと、私は心から思えています。


最後までまとまらない内容でしたが、読んでいただきありがとうございました。
これからも日本大学女子サッカー部の応援をよろしくお願いします!


明日の担当は、寮ではナマケモノのように生活をしていますが、ピッチに立ったら人が変わったようにサイドを駆け巡る、藤原愛里(2年)です!

明日も楽しみにしていてください!

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