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No.5 長谷川登志夫氏〜香りの科学〜

 令和3年、暮も迫った12月8日、3年越しの企画だった 『アロマプロフィール解析による香りの科学』がNTSから発刊されました。今回は著者長谷川登志夫先生とZoomインタビューを行いました。長谷川先生は目黒区出身で1957年生れ64歳、現在は埼玉大学大学院理工学研究科准教授です。あと数年で大学を退官されることを強く意識され、原稿執筆に追い込みをかけて280ページにも及ぶ大書をお一人でようやく完成させました。ご苦労談と共に学術面でのバックグランドをお伺いできました。

――香りの研究はどのように着想されたのですか?

 「実は、香りの研究は50歳を過ぎてから興味を持って始めました。それまでは有機化学畑、それも基礎有機化学分野に携わっていたのです。書籍を執筆するため、この10数年にわたって研究してきた香りについての実験成果を取りまとめるのに大変な時間がかかってしまいました。香りの研究の世界に入った最初のきっかけは、日本の香道、白檀という香木への関心でした。この香りの研究分野に関する専門情報を集める手掛かりがなかなかつかめなくて、自費でイタリアの精油の学会に参加したのです。300名規模の学会でしたが、日本人はわずかに4名。勇気をもって発表者の先生方に質問と情報交換を申し出たのです。今考えれば、無謀の極み、冷汗ものでしたね。その時に出会った先生方や企業の方とは今でも長く続いています。」

 長谷川先生は中学高校の頃から化学や生物などのいわゆるサイエンスに強い関心を持っていて、理科の授業だけには異常な集中力を持って探求する科学少年だったそうです。埼玉大学で学び、その後東京大学大学院を経て、再び埼玉大学に戻られました。
 ご専門は有機化学の研究でしたが、当時は実験室を出ると体中に硫黄臭がつきまとい、他の人が気になって、電車の中では隅っこに座られていたそうです。
 今は香りの奥深さに取り憑かれて探究心が止まらず「香りの科学」を極めようとされています。探究心の塊のようなご性格は、どうも幼少の頃からのようですね。

――香りの面白さとは何でしょうか

 「コロナ感染症の初期症状や後遺症で嗅覚異常が言われましたよね。どんな食べ物もスポンジのような味気なさとなってしまい、愕然とした経験をされた方も有ったようです。香りは人の五感のうちでもっとも敏感で繊細なものなのですね。人生の楽しみや生きている実感を香りで感じられるのではないでしょうか」
 香りの研究者は食品工業や民間企業にもたくさんいらっしゃいますが、その説明用語には独特のものがあるそうです。その方々が長谷川先生との共同研究で意見交換や協議を行うと、<今までの疑念や概念が氷解した>と賛意されるそうです。長谷川先生独特の探究心や発想、着眼に香りの奥深さが今もまた少しずつ解明されつつあるようです。

――欧米では香水、日本では香道がありますが、希少な香りとはどんなものですか?

 「マッコウクジラの結石である龍涎香(りゅうぜんこう)や採取国の違いによる香気の違いが大きい白檀などは、純金以上の価値があると言われていますね。研究ではこのような香材をふんだんに使うことはできませんが、それぞれの香材を分析するための機器測定より、人の五感を利用する官能検査のほうが優れていて、普通の人でも微妙な違いを嗅ぎ分けることができるものです。」、「私自身も特に鼻が良い、というわけではなくて、香りを嗅ぎ分ける能力は、プロも素人もそんなに変わらないのです。違いは分かるけれど、その違いを説明する知識や用語はワインの味を解説できるソムリエが優れているように、独特のものがありますけどね。」

 なんと、抜群の嗅覚を持つ主人公の<はなの六兵衛>というお芝居がありましたが(松竹新喜劇、藤山寛美主演)、私たちにも嗅ぎ分ける能力は十分に備わっているというのです。

――これからの研究はどこに向かいますか

 「香りは人生を豊かにするキーワードです。子どもたちにもおとなにも、あらゆる生活場面や危険を回避するためにも、嗅覚に関心をもってもらいたいです。体の匂いの素は脂(におい分子)なんです、石鹸で洗い流さないといつまでも残るのですが、こんな生活での香りについての話題がたくさんありますよ。いろんな勉強会やセミナーでお話しする機会を増やしてゆきたいですね。」

略歴:
■出身大学院・研究科
1983年 東京大学大学院 理学系研究科有機化学専攻修了
1981年 埼玉大学 理学部卒業
■取得学位
理学博士 東京大学 シクロヘプタトリエンチオンの合成および性質
2006年〜 埼玉大学大学院理工学研究科准教授
1999〜2006年  埼玉大学理学部助教授
1995〜1999年 埼玉大学理学部助手
1983〜1995年 埼玉大学教養部教務職員

<取材2021/12/10>

主な書籍:
2021年 アロマプロフィール解析による香りの科学(単著)
2019年 実践 ニオイの解析・分析技術
    (編著:長谷川 登志夫、藤原 隆司、藏屋 英介)