ジョルジュ・フランジュ『Judex』:鳥人たちの宴
鳥って不思議な生き物ですよね。羽が生えてフサフサしてて、いつもキョロキョロしてかわいいんですけど、パッと見にはどこか内面が伺い知れない不気味さもあって、愛着と畏れのどちらもを同時に抱かせる曖昧な存在。ダダイストのマックス・エルンストが手記で同じような鳥へのアンビバレンツな感情を書き残していて、私も強く共感しました。彼は古書のリトグラフの挿絵をコラージュした素晴らしい作品を幾つも残してるんですけど、そこに顔が鳥で体が人間の鳥人(とりじん)が非常によく出てきて、上にあったような彼の鳥に対する畏れと憧れの表れなんだと思います。鳥人間でなく鳥人なのは、勿論2009年M-1での笑い飯に対するリスペクトです。
ジョルジュ・フランジュによる1963年の作品『Judex』。映画好きでホラー映画を掘ってると必ずぶつかる名作『顔のない眼』で有名な監督ですが、他にもフランスのものすごく重要な映画団体「シネマテーク・フランセーズ」の設立者の一人であったりと、(私の印象では)知名度が低い割にフランス映画史においては重要な人らしい。
私も『顔のない眼』は未見で、彼の他作品はアンスティチュ・フランセでの中原昌也のイベント「中原昌也の白紙委任状」で晩年の作品『赤い夜』を観たきりです。『赤い夜』はテンプル騎士団と謎のマスク集団と警察の三つ巴からなるゆるい冒険活劇で、まぁほのぼのして可愛らしくはあったんですけど、現代で見るには些か…といった感じでした。
さてこの『Judex』、私が最初に触れたのは何かの映画紹介本か、それこそ中原昌也の日記あたりだったと思うんですけど、そこに載ってた写真、モノクロの陰影が綺麗なお城のようなところで、顔が鳥で体はタキシードの鳥人がやや逆光気味にこちらを見ているショットがものすごく衝撃的で、その幻視のようなイメージがずっと頭から離れなかったんですよね。今回きちんと見てみると、この鳥人シークエンスはごく一部だったんですけど、そこ以外のパートも常にどこか御伽噺のような、浮世から離れた空気に満ち満ちている、とても素晴らしい作品でした。
ストーリーは悪どい手も使う資産家とその娘が小悪党に狙われていて、そこに謎の鳥男爵「Judex」が関わってくる、というもの。まぁ正味なところそんなに凝った話ではなかったです。しかし私が以前観た『赤い夜』に比べると、まず白黒であるということがものすごく良く作用していて、ボンヤリとしたモノクロームで、大したことないお話がゆるい速度でコロコロと転がっていくのを見ていると、どこか絵本を見ているような不思議な気持ちにさせられました。
ほかにも、小悪党が資産家の娘を誘拐しようとすると番犬のシェパード3頭が立ちふさがるシーンがあるんですけど、みんなどう見ても舌を出してヘッヘッと遊んでほしそうにしていつつも、声だけは獰猛な唸り声が当ててあったりだとか、或いは、すれ違いざまに毒を注射して人を連れ去るのに、周りに人もいないのに小悪党同士で「まぁ、このお方、具合が悪いようですわ」「それはいけませんな、是非近くの私の屋敷へ」みたいな小芝居をしてたりだとか、とにかくゆるくてかわいいタイム感が見ていて飽きない作品でした。
牢屋の監視カメラを見るのに、わざわざ毎回よく分からない機械のでかいツマミを2つ回してチューニングしないといけないのもよく分かんないけど良いギミックだったなぁ。
とある人物が高所から落下するシーンも凄く良くて、両手で懸垂のようにぶら下がり縁から何度か顔を覗かせる⇒短い叫び声と共にフワッとマネキンが落下⇒目をつぶって横たわる人物、それをジッと眺める子供、という一連の流れが、怖い絵本だとか悪夢みたいで本当に素晴らしかった。全編を通してそんな感じで、サスペンスとファンタジーのギリギリのあわいに存立する希有な作品だと思う。
しかしまぁバッキバキなのが前述の鳥人シーンで、鷹頭の鳥人がゆっくりと、鳩の死骸を拾い上げてパーティ会場に入っていくところを背後から追っていくショットは、ちょっと他に類を見ない強度を持った不思議なシーンでした。あそこだけでも見る価値があると思います。鳥人である必然性もなかったし、その後手品をやる意味も分かんなかったし、その後起こる事件も何がどうなったのか全然分からなかった。何から何まで分からない。
だけどここまで強烈な映像ができてしまったら、話の辻褄や合理性なんてほんとに些細なことだと思う。素晴らしいシーン。
あとは『赤い夜』にも同じようなシーンがあったけど、追い詰められた小悪党と書き割りの屋上でヨチヨチ闘うシーン。これが何かものすごく『カリガリ博士』っぽいんですよね。フランジュはドイツ表現主義も好きなんだろうか。
またこの屋上までに至る流れも、小悪党達が屋上に逃げたと思ったら、今まで1回も出てこなかったサーカス娘のデイジーがたまたま通りかかって、得意の軽業でヒョイヒョイと追いかけていくという、最早晴れやかなまでに清々しいタイミングの良さ。最後もこのデイジーが解決したようなもんだったし、これが世に言うデイジー・エクス・マキナなのか。
まぁとにかく鳥人シークエンスが全てを表している作品だと思うので、この1枚絵を見てビビッと来た方には是非オススメです。私はとても好きな作品。
現在は日本版のソフトは手に入らないようですが、Amazonなんかを見てると英語字幕が入った英米版(DVDは要リージョン1再生環境)が時々安くマーケットプレイスで出てたりするので、見つけたら買いだと思います。
それと、冒頭にも出てきた私の敬愛する中原昌也が、持病の悪化により現在入院しており、どうも芳しくないようです。彼のBandcampページと、有志により幾つか立ち上がっているチャリティー企画のリンクを貼っておくので、よかったらご覧下さい。
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