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【ライバル】2年 眞中二千都

はじめまして。
今回ブログを担当させていただくことになりました日本体育大学2年の眞中二千都です。サッカー部からこのような機会をいただきましたので、題名の通り僕自身の"ライバル"について書きたいと思います。色々な方向へ脱線してしまうかもしれませんが最後まで読んでいただけるとありがたいです。

僕のポジションはGKです。サッカーを知ってる方ならご存知の通り、GKというポジションは1つしかなく、試合に出れるのは1人だけです。1度、固定されーるとチーム状況、ケガなどがない限り、なかなか序列が変わることは無いシビアなポジションだと思ってます。僕は中学から高校までの6年間、同い年のGKがいました。これが僕の中での初めての"ライバル"です。チームメートからも言われてたようにかなりプレースタイルは対照的。「2人が合わさったらめっちゃすごいのにな!」は中学から言われ続け、「いや、俺の方がすごいっしょ」とか中学の頃は内心思ってました。でも、確かにリスペクトするところは沢山ありました。ハイボールの処理上手い、ビルドアップ上手い、などなど。中学3年間は僕の方が試合には多く出てたと思います。しかしユースに上がり、1.2年の頃こそ序列、立場は上でしたが自分達の代になった時に立場が変わり、彼が試合に多く出るようになりました。最初は2人だけのポジション争いだったのが、国体を優勝して帰ってきた後輩GK達も加わり、リーグ終盤、プレミアリーグ参入戦あたりは本当に熾烈だった記憶があります。高校3年のラストは1人だけのライバルが2人、3人、4人と増えていった感覚があります。当時は楽しかったですね。

そんな彼らとの日々が終わり、大学サッカーへ飛び込むとライバルはもっと増えました。
同期5人のGKに加え、先輩方を含め20人弱のGKが在籍する日体大サッカー部には衝撃を受けました。当たり前のようにトップのGKは上手い。下のカテゴリーでレベルがめっちゃ落ちるかと言ったらそんなことも無い。GKのレベルは他大学と比べても高いと思います。
この自粛期間で色々なことを考え、辿り着いた答えがあります。それは"関東リーグに出る"ということです。1年生の頃の僕はBチームでIリーグに試合に出れて、全国大会も行けて、そこで満足していました。このまま、4年間こんな感じで過ごせたらいいなとかそんな甘いことを考えていました。でも、今回のコロナの影響により、サッカーができなくなり、活動自粛となり、ふと過去のライバルたちの状況を見ると、同期は立教大学で関東リーグに1年から出場し、1つ下の後輩は明治大学で早くもメンバー入り、2つ下の後輩は2種登録され、いつでもJリーグ出場可能。そんな彼らの活躍を見て、このままでいいのかと自問自答の繰り返し。過去のチームメートと対戦相手として大学リーグや、主要大会で戦うことができたならなんて幸せなことなのだろう。そう考えたらワクワクが止まりませんでした。まもなく自粛も明け、部活動が再開します。現在の立ち位置ではまだ遠い未来、目標ではありますが、必ず叶えるという強い意志を持ち、過去一緒に切磋琢磨してくれたライバル、大切なことに気づかせてくれたライバル、リスペクトできるライバル、今現在切磋琢磨してくれているライバルに感謝して1日1日を大切にし日々精進していきたいと思います。

拙い纏まりのない文章でしたが最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

 名前:眞中 二千都(マナカ ニチト)
 
 学年:2年
 
 学部:体育学部体育学科
 
 経歴:大宮アルディージャJY(柏陽中学校)→大宮アルディージャY(浦和北高校)