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誰が犠牲になったのか “Madres Paralelas” アルモドバル最新作

10月8日にスペインで公開された、ペドロ・アルモドバル監督の新作を観てきた。タイトルは”Madres Paralelas”(英題:Parallel Mothers)

あらすじ:
産科病棟で出会ったジャニス(ペネロペ・クルス)とアナ(ミレナ・スミット)。二人とも想定外の妊娠で、シングルマザー。出産を目前にして、年上のジャニスは前向きで落ち着いており、おびえるアナを励ます。二人は連絡先を交換して退院する。1ヶ月後、ジャニスは娘が自分にも父親にも似ていないことに気づき、遺伝子検査を申し込む。一方で、しばらく連絡をとっていなかったアナと偶然に再会するが、アナは雰囲気が変わっており…。

紛れもなくアルモドバル的な映画ではある。
スペインでは、"Almodovariano"(アルモドバル風の)という言葉があり、ドラマチックで過激な人や物に対して使われるが、この映画もそれに合致はしているだろう。メロドラマ要素の濃いストーリーに、人生の喜びや苦悩が凝縮されている。それに、スタイリッシュな衣装やインテリア、いきいきとした色彩も健在。

しかし、なにかが欠けている。
映画館を出た直後、それは暴力性だと思った。

たとえば、冒頭。
過去の作品、「オール・アバウト・マイマザー」や「バッド・エデュケーション」のそれは、鮮やかな省略と、人物像をいきなり描き出す一言で、観客を映画の空間に引き込む。その引き込み方は有無を言わせないもので、ある意味で暴力的だった。
しかし、本作では、まるで連続ドラマの「前回までのあらすじ」シーンみたいに、説明的な場面のつぎはぎでしかない。

それに、ありきたりな出産シーン。
分娩台でひとしきり大声をあげたり泣いたりした後、急に場面が変わって、赤ん坊を抱いている。そんな「出産」は見飽きている。その場面の間にある、最もトラウマティックな、それが反転して感動的にさえなってしまう部分が抜け落ちている。

登場人物にも悪意がない。誰も周囲を傷つけない。傷ついた人は登場するが、それは過去の出来事によるものだ。
アルモドバル作品で私の印象に残っているのは、誰か・なにかを犠牲にせずにはいられない人物たちだ。その犠牲者も含め、各人物が自己を貫くために、痛みを飲み込んでいくというダイナミックな運動に圧倒された。
唯一、アナの母親テレサは、自分のキャリアに執着して娘を顧みないというキャラクターだが、身勝手な人物として批判的に描かれている。
一方で、ジャニスとアナがなんの迷いもなく我が子を愛しむ様子は、「子供を産んだら母になる」ということを当然視しているようにも見えた。それはそんなに簡単なことではないし、予期せぬ妊娠ならなおさらだと思う。なぜなら、妊娠・出産や赤ん坊の世話は自分(肉体、時間、精神)を犠牲にする行為だから。得るものもあるが、それはまったく別物だ。

そう考えると、過去の作品では犠牲になるのは「他者」だったが、今作では「自己」が犠牲となっているのかもしれない。アルモドバル的な暴力性は、自己に向かっているのかも。暴力性に欠けているのではなく、その対象が変わったのだ。
それは意外なことではないと思う。私自身の出産・育児の経験から、母になることは避けがたい自己犠牲を含むと思っている。この映画が自己犠牲的で、そのために一見すると大人しいのは、タイトルにもあるように「母」をテーマにしているからかもしれない。

ストーリーには、ジャニスの曽祖父に関し、スペイン内戦に絡めた挿話もある。歴史に対する私の理解が十分でないせいかもしれないが、この部分はそれ以外のパートとのつながりが不十分だと思われた。父親の不在など、関連性はあるのだが、唐突な印象が拭えない。

それから、作品のあちらこちらに表れる、「見ること」への意識についても記しておきたい。
・物議を醸した宣伝画像(目の形に切り取られた枠の中に、母乳の滴る乳首が、あたかも瞳のように収まっている)
・目をかたどったアクセサリーたち
・義眼
・カメラのファインダーを覗く動作
・写真を注視する行為
これについては、次回観た時にもう一度考えたいが、「見えるもの・見えないもの」ということかと思う。
ジャニスは、自分の腕の中にいる赤ん坊が血の繋がった実の子かどうか見極めようとする。もちろん、いくら顔を凝視しても確証はない。それでも、見えないものを見ようとする。一方で、その後、血縁が科学的に否定されても、ジャニスは我が子として接し続ける。検査結果をしっかり見たにも関わらず。


食の場面:
台所には生ハムの原木がある。
トルティージャのじゃがいもは、炒めるというよりたっぷりの油で茹でる感じ。
テレサは当然のようにタバコを吸う。
こういったことはスペインでは特別ではなく日常風景だと、マドリードに住むまでは知らなかった。

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