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Erinyes

MV YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=gRwyuOUv7PU
ニコニコ動画: https://www.nicovideo.jp/watch/sm42423182

こちらは、ボカデュオ参加楽曲「Erineys」の小説版となっております。
重大なネタバレを含んでおりますのでご注意下さい。
まだMVを見ていない方は、ぜひ一度聞いて下さると幸いです。


エマの父親は、エマが4歳の頃戦争で徴兵されて戦地で亡くなった。エマの母親も体が弱く、父の後を追うようにして亡くなった

まだ幼かったエマは、家に残された2人の召使に連れられて、エマの叔父の家に預けられた。叔父は仕事が忙しく、ほとんど家にいなかった。その為エマは、家での多くの時間を叔父の妻、つまりエマの叔母とその一人娘であるアリスと共に過ごした。アリスはエマより2歳年下で、愛嬌があり、甘えるのが上手な女の子だった。対してエマは、感情を表に出すことが少なく、誰かと話すことが大の苦手な少女だった。叔母は実の娘であるアリスを可愛がり、エマに対しては、初めの頃はまだ受け入れていた物の、だんだん嫌がらせを行うようになっていった。食事を与えなかったり、雑用を押し付けたりした。エマも最初は耐えていたが、アリスまで嫌がらせに加担する様になると、エマは完全に家から居場所を失った。与えられる服も食べ物も使用人以下で、いつも部屋の隅でうずくまっていた。さらには使用人達までも叔母やアリスが見ていない所でエマをいじめた。仕事や雑用を押し付けて、自分たちは手を抜いた。エマはもう、誰からも相手にされなくなっていた。

しかしそれでも、いつかは政略結婚をして、家の為に嫁がなければならない身である。その時に学業や礼儀、マナーがしっかり身についていなければ縁談が破綻になってしまうかもしれない。叔母は、エマにそれらの知識をつけさせ、家の反映に貢献する良いコマにするため、家庭教師を雇った。その人はマリーと言い、年は20代前半だった。優しく、しっかり者で、人の気持ちに寄り添えるような人間だった。そんなマリーから、エマは色々なことを教わった。エマは、これまでの経験から大人を信じることが出来なくなっていたため、最初はマリーにも心を閉ざしていた。しかしマリーの献身的な姿勢から、少しずつ自分の置かれている状況や、過去の事を話すようになっていった。マリーはエマと一緒に悲しみ、寄り添ってくれた。エマは、マリーのような自分を思ってくれる人と初めて出会い、次第に彼女に心を開いていった。エマはマリーの元で真面目に勉強をした結果、成績優秀で芸術にもマナーにも長けている、素晴らしい女性となった。やがて2人は良き教師と生徒、そしてまた良き親友となり、勉強以外にも色々な話をするようになった。

ある日、マリーはエマにこう尋ねた。
「ねえエマ。あなたも、あとちょっとで17だから、もうじき縁談の話が来ると思うの。結婚したら自由はないのよ。お産で若くして死ぬかもしれないし、流行り病で死ぬかもしれない。今、何かしたいことはないの?あなたは優秀だからなんでもできるわ」
「私は・・私は・・」
「なに?なにかやりたいことがあるの?」
「私は、私を不幸にした人たちに復讐したい。叔母様とアリス、この家の使用人、皆に復讐をしたい。私が味わっただけの痛みを味合わせたい」
「・・そうなのね。あなたの気持ちはよく分かったわ。でも、それはあなたの人生を棒に降ることになるわ。それでも良いの?」
「もうこれからの私の人生に良いことなんてありません。だったら最後に私がやりたいことをやりたいのです」
「・・あなたがそこまで言うなら、私は何も言わないわ。でもね、エマ。これだけは覚えておいてほしいの。自分自身と、自分が大切に思う人は、決して傷つけてはいけない。それと、人を殺してはいけない。あなたの手を血で染めてはいけないわ。よいですね」
「分かりました」
「常に我を失わなずにいてね。あなたは一つ集中すると他の事を忘れる癖があるから。・・それにしてもあなたがそんな事言い出すなんてね・・」
「小さいころから考えていました。あの人たちの顔を歪ますのにはどんな手を使ったら良いか・・」
「・・エマ、私はあなたの味方だからね。これだけは忘れないで」
「はい、先生」

エマはずっと前から復讐の為の情報収集や、密かに計画を練っていた。どんなことをして復讐をしようか。この先、自分が幸せになることはないだろう。それならば、今一瞬でも幸せになれることをとことんしようじゃないか。

エマは17歳の誕生日に嫁ぐことが決まった。事前に会った婚約者は、エマより12も年上の男性だった。横暴で世間知らずであり、婚約者として最悪だった。勿論、エマに拒否権などないので、この人と結婚する他ない。やはり、この先の人生で幸せになることはないだろう。ならば、復讐は17歳の誕生日の前夜にしよう。それまではまだ2週間程ある。

エマがそう決意した夜、エマは叔母とマリーが話している所を目撃した。2人はこんな会話をしていた。
「エマは本当に醜い子だわ。あなたもいつもあの子の面倒を見るのは大変でしょう?無口で無愛想でおまけに愛嬌もない。本当、我が家の恥だわ。お荷物でしかない」
「ふふ、彼女どこか、この世に絶望をしている顔をしていますものね、分かります」
「でしょう?でも、お荷物も言い換えればコマになるわ。今回の縁談が成功すれば、我が家にとって大きな利益をもたらすわ!あの子には今まで迷惑かけられた分、しっかり働いて貰なってもらわないとね」
「奥様のおっしゃることは確かです。エマはこの家の良いコマになるでしょう。それは私が見てきた限り私が保証します」
「それなら安心だわ。マリー、頼りにしていますよ」
「はい、奥様」

エマは驚愕した。マリーはいつも家の中でのけ者にされていた自分の、唯一の味方であった。だから、マリーまで自分をそんな風に言うとは思っていなかったし、何があっても自分を卑下することはないと思っていた。そんなマリーが、自分の知らない所で叔母と自分を嘲笑っていたなんて。エマの顔は見る見るうちに青ざめていった。悲劇のヒロインは、とうとう自分の周りにいる人間全員が自分の敵である事を知ってしまった。だんだんと怒りが彼女に追いついてきた。
「マリーまで、、マリーまで、私を馬鹿にして!私の味方だとか言っておきながら裏では私を嘲笑って!・・善人面しておきながら本当は、叔母さまの言いなりになって!・・許さない!叔母さまもアリスも使用人達も、、マリーも、絶対に許さない!、、そうよ。殺してやるわ。一人ずつナイフで刺してやる。ええ、絶対に殺してやるわ!」

とうとうエマの16歳の最後、結婚前夜の日がやってきた。哀しきかな、エマはずっと前から入念に立てていた計画を全て忘れ、感情的になっていた。叔母を、アリスを、そして自分の味方だと言い続けてくれたのにも関わらず、本当は叔母達と一緒に自分を卑下していたマリーを、とにかく思いのまま傷つける事しか考えていなかった。残念ながらマリーからの忠告はとっくのとうに頭から抜け落ちていた。

その時叔母、アリス、マリー、そしてエマは、エマが結婚前最後の挨拶をするために、一堂に会していた。叔父は勿論、仕事が忙しくて家にはいなかった。使用人たちも皆揃っていた。

「皆様、13年、私を支えて下さってありがとうございました」
「全く。あなたには手がかかったわ。いつも死んだような顔をして。私たちがどれだけ苦労したと思っているのかしらね」
「ほんと、お姉さまは迷惑ったらありゃしなかったわ」
「言いつけた仕事もできないなんてほんっとできない子ね。嫁ぎ先から追い出されないようにね。これは我が家にとって大事な縁談なのよ」
「・・はい、叔母様」
「はあ、やっとお姉さまがいなくなってくださるのね!せいせいするわ!」
「アリス!ふふ、そんな事いってはいけないでしょう!エマが・・ふふ、エマがかわいそうでしょう!」
「あらあ、ごめんなさい、!まあでも、お姉さまはいつも死んだような顔をしているから、かわいそうかなんかなんて分からいないけどね!」
「まあ、アリスったら!上手い事を!」

「そうですね、私はいつも無表情で、死んだ顔をして何を考えているか分からないでしょうね・・でも、叔母様、アリス、一回でも私の気持ちを考えたことはある?私が、今までどんなことをあなたたちにされて、どんなことを考えていたから分かる?」
「エマ、口が悪いわ!慎みなさい!」
「ねえ、私は今まであなたたちにけなされ、いじめられ、ダメな子だと言われ続け、雑用を押し付けられ、家に居場所なんかなくて!私が、私が、今までどれだけ苦しんできたと思ってるの!」
「お姉さまどうしちゃったの?急に声を荒げて!」
「エマ、いい加減にしなさい!」
「そして、そして、私の唯一の居場所で、私の唯一の味方だった、あなたが、あなたまで叔母さまの前では私を貶して!本当は、ずっと、ずっとそう思って、私を見下していたんでしょう!今までずっと!ねえ、答えて下さい!マリー先生!」
「・・エマ!違うの、それは誤解よ!誤解なの!」
「許さない!私は、あんたらを、絶対に許さない!みんな一緒にまとめて・・死んで!」
「エマ!やめて、やめて!」

エマはドレスの裾から小型ナイフを取り出し、マリーの腹に刺した。マリーはその場で倒れた。叔母とアリス、使用人達は自分も刺されるのではないかと恐ろしくなって、全員家の外に逃げてしまった。

「絶対に、絶対に私はあんたを許さない!」
「エマ、エマ、落ち着きなさい、私はあなたの味方よ!」
「そうやって言って!私に嘘をついて!」
「違うの!私は、私は、この家に従っていないと生きていけないの!」
「はあ?」
「私はずっと、良い職に就いてやろうと思って、子供の頃はずっと勉強していたの。寝る間も惜しんで、ずっと、ずっと・・それで、なんとか家庭教師になったは良いものの、両親が亡くなって路頭に迷って。そんな時に、奥様が私の家庭教師としての能力を見込み、私を拾って下さったんです!」

「本日より家庭教師を勤めさせて頂きます、マリーと申します。・・あの、良いのでしょうか、こんな世間的に地位の低い人間を雇って頂くなど・・」
「いいのよ。ちょうど、あなたのような人間にぴったりの娘がいるの。無愛想で、何考えているのか分からない気の難しい厄介者が」
「そんな、無愛想だなんて・・実のお嬢様になんてことを・・」
「あらやだ。実の娘だなんて。エマは姪っ子よ。あんな小娘は将来この家の為に嫁ぐためのコマにしか過ぎないわ。その為には多くの知識をつけて立派になってもらわないといけないの」
「そんな、人の子でも、あなたの娘なのには変わりないでしょう?そんなに悪く言わないであげてください!」
「・・あなた、誰に向かって口を聞いていると思っているの?身分を分かって私に逆らおうって言っているの?良い?ここで私に歯向かうなんて今度考えたら、ここから追い出すからね!」
「そんな・・」
「あなた、ここを出たら本当に路頭に迷うんでしょ?それでも良いの?」
「それは・・!」
「それと、あなたの母親だけど・・あなたの父親と、あなたを捨てて若い男と蒸発したらしいわね。噂によれば、相当の男好きだったとか。しかも、あなたの父親は父親で、金を横領していたそうじゃない。その父親は、母親がいなくなった後すぐ酒に溺れて亡くなった。家の地位為にそれを隠そうと、2人とも病気で死んだことにしたのでしょう?」
「・・!なぜそれを、あなたが!」
「ふふ。私は貴方の雇い主よ。どこぞの馬の骨とも分からない小娘を見込んで引き抜いてやったんだからそれくらいは調べさせてもらったわ。で、どう?私に今度逆らったらあなたをこの家から辞めさせて、このことを世間に公表することだってできるわ。そうすれば、あなたの地位も完全に没落するでしょうね・・それと、あなたもそうだけど、何よりまだあなたの9歳の妹が困るでしょう?」
「・・私の妹を困らせる事だけは・・!お許しください、あの子はまだ幼くて、私が面倒を見てあげなければならないのです!私に残った唯一の大切な家族なんです!だから、どうか、どうかここで働かせてください!」
「それならば2度と、エマをかばうようなことも、私に逆らう事もしないことね!」
「・・承知いたしました、奥様」
「ふふ、それでよいのですよ。では、エマの事は全部、あなたに任せます」
「・・はい」

「だから私は、奥様に逆らう事も、あなたをかばう事もできなかったのよ。勿論、あなたには悪いと思っているわ。あなたに隠れてそう言っていたなんて・・」
「そんな、そんな、それでは、先生の「私はあなたの味方よ」という言葉は・・」
「本当の事よ、エマ」
「それじゃあ、それじゃあ私は、無実の先生を刺してしまったの・・!」
「・・エマ。エマには、私の言葉を少しだけでも良かったから、信じてもらいたかったです。見失ってはいけない、という言葉も・・そうすれば、こんなことにはならなかったでしょうに」
「そんな、そんな、私は、どうして、どうして先生を信じなかったのでしょう!なぜ一番大切なものが見えていなかったのでしょう・・!ああ、自ら失ってはいけない物を手放して、なんという罪を犯してしまったのでしょう!」
「エマ、エマ!」
「・・申し訳ありません。マリー先生、私、ついかっとなって、、ああ、本当にごめんなさい・・」
「エマ、今から言う事を良く聞きなさい。私はもうじき死ぬわ。この家の娘が家庭教師を刺したなんて結婚のお相手方にも、世間にも知られたらこの家の地位は格段と下がる。私は所詮家庭教師。別に捨てられても惜しい命ではないから、きっと奥様は私をお医者様へは連れて行かず、このまま死なせることでしょう。もう妹も嫁いで今は私一人身なので心配はありません」
「そんな、そんな・・!」
「だから一つだけ、エマに伝えておきたいことがあるの。あなたは残念だけれど立派な罪人だわ。人を信じず、愛する人を裏切り、忠告も聞かず、人を殺めようとした。それは、いくら復讐だからと言っても、決して許されることではない。だから、今はとにかく祈りなさい。祈って神に許しを乞いなさい。求めなさい。そうすれば、与えられる。(マタイによる福音書7章7節)この事を忘れずに後の人生を生きてください」
「・・はい、マリー先生」

「エマ、エマ!このバカ娘!さっさと嫁入りの支度をなさい!明日の朝は早いのよ!」

「あら、、、奥様が戻ってこられたわ。きっと、使用人に言いつけて、私たちの様子を探らせたのでしょうね。それで、、それで、、もうエマが暴れる心配がないと、判断して、戻って来たのでしょう。ほら、、、早く、早くお行きなさい」
「でも、このままだと先生が死んでしまう!」
「・・ではもう一つ、良いかしら。・・あなたが私の言いつけを、守って誠心誠意・・神にお仕えし、許しを乞うたら・・きっと、きっと、神様はあなたを・・許して下さるわ。そうしたら・・」
「そうしたら・・?」

「ほら、エマ、早く部屋に戻りなさい!」

「これは叔母さまに聞かれると良くないわ。エマ、耳を貸して」
「はい」
「いつかきっと、・・きっと、その、その時までは・・」

エマの目の色がさっと変わった。それから愛と憎悪に満ちた笑みを浮かべてこう言った。
「はい、マリー先生、必ず、今は、今は・・」
「そうよ、エマ、今は・・祈るのよ、そうしたら、そうしたら・・」
「マリー先生・・!逝かないで!マリー先生!先生!」

その後、全てはマリーの言ったようになった。エマがマリーを殺めたことは世間に公表されることなく、ひっそりとその事実は消された。エマは嫁ぎ、余生をマリーへ行った事に対する罪の許しを乞うように神に祈りを捧げた。今日も、エマはひっそりと生き、神に祈りを捧げ、マリーを思うのであった。

さて、マリーが言い残したことはこうである。
「いつかきっと、あなたを神様が許して下さったら、きっと、奥様と、アリス様、そして使用人達に・・あなたの今捨てた刃をもう一度向けることが出来ることができるわ。その刃は正義であり、きっと神も許して下さる。だから、その時までは、その時までは・・」




dilemma

ただ、マリーも一つ大きな過ちを犯していた。
マリーはエマが復讐をしたい、と言い出した時、本当は「復讐だなんて、あの子には出来っこないわ」と思っていた。それが、エマの憎悪に満ちた刃を身をもって受けた時にやっと、初めてエマが心の底から復讐をしたいと望んでいることに気が付くことができたのだった。そしてその刃がきっといつか正義となることを直感的に確信したのであった。
つまり、マリーもマリーでエマを見失い、最後まで「味方」でいることが出来なかったのであった。
しかしマリーはそのことを自覚して後悔する間もなく息を引き取った。
正義の刃を親愛なる教え子に託して。

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