人間の愚かしさをどのように改めるか?

今、イスラエルで起きていることは「バベルの塔を作り始めた神を恐れぬ行為に怒り、神は塔を破壊したのみならず使える言葉を違えてしまった後遺症」に他なりません。賢い人間は自動翻訳機を作ったのに、頭の中は相手を罵る勘定で満たされたままです。「心ここに在らざれば視れども見えず」と言う状況です。

イスラエルを建国したユダヤ人は幾多の迫害を受け、究極はナチスドイツの民族せん滅政策で数百万人の同胞の命を奪われた。ユダヤ人は米英仏主導で戦中に線引きされた国境線に従って、現在の国土を得た。しかし、そこにはパレスチナ人が多数生活しており、今度はパレスチナ人が立ち上がった。仏陀の教えに従えば、イスラエルの地に共栄共存の国を作ることが出来るが、世界の指導者は我利我利亡者で自他共栄は悪だと思っているようです

人間はある時期まで進化を遂げたが、その後は悪知恵が勝り出して過当競争に勝ちぬき、他人を騙すことに快楽を覚えるようになってしまった。マルクスの資本論の中に共有地と言う考えがあり、そこに育成する草や木を自由に対価なしで手にすることが出来るとある。しかし、力のある者は領土欲に執着するようになって国を形成し、個々人までが土地所有に血眼になってしまった。


宗教問題のおぞましさが


さて話は変わるが旧統一教会への解散命令の請求を文部科学省が地裁に要求した。最初は教会の執拗な要求に屈して宗教法人の許可を与え、その後は違法献金(?)や違法選挙活動(?)で多くの国民に害悪を与えている現状に目を閉じたままでした。安倍元総理への銃撃殺人事件が発生し、その犯人の母親が同協会の信者であることから同協会への風当たりが強まった。細田衆院議長の議長辞任と請求日がほぼ同時で、ここにも国民の利益よりも政治家の利益を優先する姿が垣間見られます。
解散命令が実現しても宗教法人格がはく奪されるだけで、法人格は残るので実質的な成果はなさそうです。日本には一般社団法人等の法人格があり、取得するまでに手間がかかるが取得したら監督官庁は野放し状態になる。旧統一教会も宗教法人格を取得した後に組織化を強めたので簡単に弱体化できないが、組織強化を看過した監督官庁は非難されないのは何故??
オウム真理教の場合、スポークスマンの上祐氏の口車に対抗できずに暴走を阻止できなかった。今回は勅使河原氏のように一見、大企業の総務担当役員の如く振舞う人物に要注意ですが。


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