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ミーゼス・ワイヤー:中央銀行の利下げは間違っている(2024.4.27)


a 今週のミーゼス・ワイヤーは、ダニエル・ラカール(Daniel Lacalle)教授の「中央銀行の利下げは間違っている (Central Banks Are Wrong about Rate Cuts)」をお送りする。

記事は以下を参照されたい。


b わたしがこの記事を翻訳した日(2024年4月29日)、円相場が34年ぶりに一時160円台をつける事態となった。利上げをしなければならないにもかかわらず、利上げをしない(あるいはできない)状態にある日本は、予想よりも遥かに危機的な状態にあると言える。

c さて、利子率を上げる目的は、利子率に対する人為的かつ強権的な介入を止めることである。これにより、市場における資本移動が次第に正常化されると同時に、資本の効率的かつ効果的な運用が可能になる。

d 日銀が利子率を上げるのを渋る理由は、利上げをすれば、当然のことながら利払費が膨らみ、利払費が膨らめば、当然のことながら償還費が膨らむ。償還費が膨らむことで財政が圧迫されるからである。

e 国民や政府は、財政が圧迫された理由を日銀の金融政策の所為にし、日銀に責任を押し付けることができる。しかし、実際には、日銀はおろか、国民や政府にも責任がある。

f だが、もともと、利子率を人為的に操作しようとすることが自体が誤りなのだ、ということを指摘する人は少ない。

g 利子率を人為的に操作しようとすることが自体が誤りなのは何故なのか。この疑問について応えてゆくには、利子と利子率について考えなければならない。

h 利子とは、資本のレンタル料である。本来、利子は、貸し手の待忍と、借り手の需求という、バイラテラルな関係により決定される。これは、結局「現在欲求」と「将来欲求」に帰結する。

i 貸し手の待忍という行為は、現在欲求よりも将来欲求を優先する状態、借り手の需求という行為は、将来欲求よりも現在欲求を優先する状態である。

j 貸し手が待忍して将来得ようとする価値と、借り手が需求して現在得ようとする価値の差が利子であり、それを一定期間で支払う場合の割合を利子率という。

k 待忍する側は、待忍して将来得ようとする価値を最大化しようとする(利子を上げようとする)一方で、需求する側は、需求して現在得ようとする価値を最大化しようとする(利子を下げようとする)。

l 利子率は、本来、このような貸し手と借り手の関係、人間の精神と人間の行為のダイナミズムで決定されている。人為的に利子率を上げたり下げたりすることは、人間の精神と人間の行為のダイナミズムによって成り立つ市場に政府が強権的に介入することを意味しているのである。

m このような介入によって、どのようなことが起きるか。資本移動は阻害され、資本や資源の効率的かつ効果的な運用が妨げられる。無駄な資本、無駄な資源が無駄な事業に投入され、浪費される。このような介入によって、市場が歪められる。これが俗に言う、好況である。この歪みは、不況によって是正されるのである。

[中央銀行の利下げは間違っている (Central Banks Are Wrong about Rate Cuts)]


ダニエル・ラカール

1 金融政策について語るとき、インフレとリスクの現実を反映する金利の重要性が理解されていない。 金利はリスクの価格であり、金利を下げる操作はバブルを引き起こし、金融危機を招く。 金利は自由に流れ、それを固定する中央銀行は存在しないのが理想的である。

2 金利や通貨量と同じくらい重要な価格シグナルがあれば、バブルの発生や、何よりもリスクの不均衡な蓄積を防ぐことができる。 中央銀行が基準金利を課す場合、金利が高く固定されすぎるというリスクは存在しない。中央銀行は常に、最も便利で、彼らが「歪みがない」と呼ぶ、安価な方法で、国の借り入れ(人工的な通貨創造)を容易にするからだ。

3 多くのアナリストは、中央銀行は金利を決定するのではなく、市場の要求を反映するだけだと言う。 驚くことに、もしそうなら、木曜日に金融トレーダーがスクリーンに張り付いて、金利決定がどうなるかを読み解くのを待つことはないだろう。 さらに、中央銀行が市場の需要に反応するだけなら、金利を自由に変動させる正当な理由になる。

4 高インフレ下で金利を上げることは有害だと市民は認識している。しかし、本当に破壊的なのは実質金利と名目金利がマイナスであること(マイナス金利)だと理解していないようだ。それが、経済主体が私たちが取れるリスクをはるかに上回るリスクを取り、過剰な債務を偽りの安心感でごまかすことを促すのだ。 同時に、市民が低金利を称賛する一方で、住宅価格やリスク資産の上昇が速すぎると不満を漏らすのは驚くべきことだ。

5 インフレは通貨発行者にとって大きなメリットだ。 インフレは、物価を上昇させ、その上昇を定着させ、より緩やかな上昇率であっても上昇し続ける唯一のものを除いて、物価上昇をあらゆる人のせいにする。民間経済が要求するよりもはるかに多くの通貨を印刷し、実質的なリスクレベルをはるかに下回る金利を設定する。

6 国家主義の利点は、消費者物価の責任をスーパーマーケットに押し付けるように、高金利の責任を銀行に押し付けることである。

7 誰が通貨を印刷し、リスクを偽装しているのか? もちろん、私たちはECBとFRBに注目している。FRBは買い戻しと固定金利を通じて通貨供給量の増加を指示している。 しかし、中央銀行が国家資産を買い戻したり、貨幣を印刷したり、実質金利をマイナスにしたりするのは、彼らが邪悪な錬金術師だからではない。 彼らがそうするのは、人為的な通貨創造である国家の赤字が持続不可能なままであり、公的債務が萎縮し、不均衡な公的会計によって国家の支払能力が悪化しているからである。中央銀行は財政政策を実施する責任はない。 このように、国家はどこからともなくお金を印刷し、その不均衡をインフレと税金を通して国民に転嫁しているのだ。

8 開放された(オープンな)経済では、銀行はいきなりお金を作り出すことはない。銀行は、利子付きで返済されることが期待される実際のプロジェクトに融資し、その融資には担保がある。 もし、市中銀行がどこからともなくお金を生み出すなら、倒産する銀行はないだろう。 規制によってリスクと切り離された金利が課され、「ノーリスク資産」という偽りの建前で国債や貸付金を積み立てることによって、政府を維持するための資本の必要性がなくなったときにのみ、銀行はどこからともなくお金を生み出すのだ。 したがって、公共部門のリスクを偽装して築かれたトランプの城は、常にインフレ、金融危機、恒常的停滞、流動性の罠を引き起こす。 生み出されたお金は非生産的な支出に回され、通貨の購買力を破壊し、国民を貧困化させ、同時に最も脆弱な企業であるSME(中小企業)の資本を減少させる。 真面目な話、それがお金の社会的利用と呼ばれるものだ。

(訳註:流動性の罠とは、景気刺激策として金融政策が行われる時、利子率が著しく低下している条件の下では、それ以上、マネーサプライ(通貨供給量)を増やしても、もはや投資を増やす効果が得られないことをいう)

9 ECBは6月に利下げを実施する可能性を発表したが、これは時期尚早であり、誤りである危険性がある。 第一に、マネーサプライ、信用需要、供給が回復しているため、インフレは依然として根強く、目標の2%を上回っている。 さらに、消費者物価指数の算出方法を2度変更した後でも、基調としてはECBの目標をはるかに上回るインフレ水準が続いている。 2019年以降、累積消費者物価水準が20%に達した後、CPIの計算方法を2度変更し、コアインフレ率が依然として上昇しているにもかかわらず、インフレの勝利と呼ぶのは正気の沙汰ではない。非代替財(non-replaceable goods)価格の上昇を見れば、市民が怒るのも理解できる。 実質的な非代替財のCPIはおそらく年率4~5%に近い。

10 ECBの利上げはユーロ圏の停滞の原因として多くの市場関係者から指摘されているが、不思議なことに、ユーロ圏がマイナス金利によってすでに大規模な停滞を経験していたことには誰も触れない。 その上、「成長」するために実質マイナス金利が必要なら、成長どころか有害なリスクを蓄積していることになる。 ECBは、2023年には前年比インフレ率に有利に作用していたベース効果が、2024年には支持されなくなることを知っている。 また、金融総計が数カ月前には減少していたが回復していることや、信用供給が崩壊していないことも知っている。 ECBは連邦準備制度理事会(FRB)と同様、インフレは貨幣現象であり、コストプッシュ型インフレや「強欲インフレ(greedflation)」、あるいは同様の国家主義的な言い訳は存在しないことを知っている。 いずれの要因も、総合物価を高騰させたり、固まらせたり、上昇を続けたりすることはできない。インフレを引き起こすのは、通貨の購買力の破壊だけである。

11 もちろん、どの中央銀行もインフレが自らの責任であることを認めないだろう。とりわけ、持続不可能な財政赤字をファイナンスするためだけに、マネーサプライを勝手に増やす中央銀行はないからだ。しかし、公的債務はリスクがないという神話に基づいた金融構造に異議を唱える中央銀行はいない。 中央銀行はインフレが貨幣現象であることを知っているからこそ、利上げや通貨供給量の削減、消費者物価の上昇を攻撃するのだ。 政府はインフレから利益を得ているのだから。

12 インフレを抑制し、すでに毎年2%ずつ通貨の購買力を低下させている目標を達成したという証拠がない今、金利を引き下げることの問題は、ユーロ圏の経済状況が悪いのは金融政策のせいであり、その原因は誤った財政政策、すでに忘れ去られたユンケル・プランに匹敵する失敗しかしていない次世代EU基金の災難、近視眼的で破壊的なエネルギー・農業・産業政策、技術革新とテクノロジーを他国に移転させる税制にあるというシナリオに陥ることだ。

(訳註:ユンケル・プランとは、欧州投資プラン(Investment Plan for Europe)の通称。欧州委員会委員長のジャン・クロード・ユンケル(Jean-Claude Juncker)が提唱した。3年間(2015~2017年)総額で3,150億ユーロの投資実現を狙う欧州戦略投資基金(European Fund for Strategic Investments,EFSI)を中核とする。この基金はEU予算から160億ユーロの信用保証、欧州投資銀行から50億ユーロの信用保証を提供して、官民の投資を促すことを目的とし、15倍の乗数効果を見込んでいた)

13 ECBは、金利が高水準にあるわけではなく、システムのマネーサプライが予想通り減少していないことを認識している。 実際、ECBは発行済み債券の買い戻しを続けており、実質的なバランスシートの大幅な縮小は年末まで行われないだろう。 今金利を引き下げることは、対ドルでユーロを下落させ、ユーロ圏の輸入額を実質的に増加させ、ユーロ圏への外貨準備の流入を減少させ、イタリアやスペインのように負債を大量に増やして「成長」を誇り、しかもインフレが抑制されていない国々で抑制されていない公共支出や政府債務をさらに助長するリスクを含んでいる。 ギリシャがEUの成長エンジンだと自負し、ドイツは欧州の "病めるメンバー "だと多くの人が言っていた過去の過ちを思い起こさせる。 ECBが日本銀行のようなふりをすることができない理由は2つある。ユーロ圏には、日本社会のドル貯蓄構造や鉄のような市民規律といった余裕がないこと、そして何よりも、日本の超ケインズ主義の失敗により、円が対ドルで35年ぶりの安値をつけたことだ。

14 ユーロとECBが問題だと言う人たちには、スペイン、ポルトガル、イタリアが自国通貨で、アルゼンチンがスイスであるかのようにポピュリスト政権が(紙幣を)印刷していたらどうなるか、想像してみることをお勧めする。 しかし、あなたは想像する必要はない。これらの国のインフレ率が14~15%で、「競争力のある」切り下げという虚偽で貯蓄と実質賃金を破壊したときのことを覚えているだろうか? それほど昔の話ではない。

ノート:Mises.orgで表明されている見解は、必ずしもミーゼス研究所のものではないことに留意されたい。

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