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ある板前の死より~⑥店主の見た地獄(見えて来た事実)~

【店主の見た地獄(見えて来た事実)】

今日のランチの出来は、我ながら素晴らしいと思えた。富山から届いたホタルイカが、特に好評だった。

「夜の先付けに使おう」、ホタルイカ自体は2月初旬から届いていたが、納得できるものは、今日のものが初ものだった。

「このホタルイカも、食べログに書き込まれるだろうか」?書き込んで欲しい時には、店主自ら積極的に客と会話した。

もちろん、その客が食べログや他のSNSに書き込みするかどうかはわからないが、少なくとも写真を撮ってくれる客には可能性があるし、その行為は一種の評価と考えていた。だから、そんな客とは、自然お喋りになった。

もちろん、酒も勧め易いし、時には、客の願いで店主自身が撮影され、食べログコメントに載ったこともあった。

ランチ営業が終わっても、相方の板前は来なかった。外見も厳ついし、何かと図太いところのある板前ではあったが、今まで連絡を入れないと言うことはなかった。

「行ってみようか?」、そんなに遠い距離でもないし…

ランチの片付けが終わると、本来ならここで仮眠を取るのだが、行ってやるのも頭の務めと言ったところだろうか?

しかし、いつも二人での仕事を一人ですると、さすがに昨夜の退店時間の遅延が、疲れとして出ていた。車で10分の距離さえ億劫だった。

相方の板前は独身で、ワンルームよりちょっと広めのマンションに住んでいた。まだ修行時代には、二人で飲むこともあったが、独立して彼を引き抜いた後は、自分が結婚したのもあって彼と飲む機会はなかった。まして、彼の私生活は関知さえしていない。あるいは、信頼していたのだろうか?だが、それは裏切りという形で現れる。

何度インターホンを鳴らしても無駄だった。帰ろうとした時、隣の部屋の住民らしき白髪頭の年配の女性が、外から帰って来た。思わず廊下での立ち話となった。

「お隣さんですか?」、優しい感じの印象だった。「今朝、お世話になりましたって言われて…」、関知していないとはいえ、さすがに転居の話しがなかったのには驚いたが、年配の女性は更に衝撃的なことを話した。

「かわいいお子さんもおられたみたいで、奥さんも綺麗な方で、今まで洗濯物がなかったところを見ると、単身赴任か何かで…」

もちろん、彼は妻帯者ではない。そんな過去がないことも知っている。女の話しも出た試しがなかった。

「子連れの女と出会う場所など…」

店主はようやく繋がった事実を否定しようと、ありとあらゆる否定材料を脳内に集めようとしたが、思いついたのは、裏付けるような場面ばかりだった。

「何故、気付かなかった」

帰りの車で一気に疲労感が出た。10分の距離が1時間にも、2時間にも感じる程に…

或いは今日の夜は休もうか?とさえ考えたが、経営者として、今朝の仕入れを無駄にしたくはなかった。

だが、この後の先付けに出すホタルイカの下処理さえ、店主には既に重労働に思える作業だった。


今回も長文お付き合いいただき、ありがとうございました。m(_ _)m

【お知らせ】

※このシリーズは、毎週日曜日に投稿を予定しておりましたが、作者の都合により、不定期の投稿に変更させていただきます。ご了承ください。m(_ _)m

※この作品は、食べログコメントを元に、一部実話で作られておりますが、ストーリーはフィクションです。