コラム「境を越えた瞬間」2024年2月号-遠藤真季さん‐
プロフィール
遠藤真季(えんどう・まき)
3児の母(12歳.5歳.3歳)
境を越えて事務局会計
「気付き」
10年ほど前、まだ長女が2歳だったころ、スターバックスコーヒー店でアルバイトをしていた。
働きたいと思ったきっかけは接客業が好きだったこともあるが、それ以上に“【スタバ】の中で働いてみたい”という単純な憧れの気持ちからだった。
お互いをリスペクトし、お互いにフィードバックし合いながら、みんなが同じ目標に全力で取り組んでいる。
その空間がとても好きだったのを覚えている。
なかでも最も印象に残った体験がある。
私はいつものようにレジに立ち、お客様の注文を受けようとしていた。
学生の女の子2人が来店し、「こんにちは」と声をかけると、彼女とは目線が合わず、開いていた注文書のドリンクだけを強く指さした。
「あ。この子は耳が聞こえないのだな。」とその時すぐに気づいた。
私は咄嗟にレジから何も印字されていない白いレシートを取り出して、
ドリンクのサイズ、おススメのカスタマイズなどを筆談で問いかけてみた。
いろいろ尋ねているうちに彼女も自然と笑顔になり、身振り手振りで一生懸命私に伝えようとしていた。
聴覚障害者が来店することは珍しいことではなく、現在はどう対応しているか分からないが、当時はメモとペンさえあれば、問題なく注文を受け、ドリンクを提供することができた。
だが、その日は違っていた。
なかなか彼女からOKが出ない、何度も後ろの友人に手話で問いかけては私に伝えようとしている。私が意に沿わない提案をすると、NOとはっきり伝えていることはわかる。
だが、それ以外になかなか気持ちを読み取ることができず、苦戦してしまった。
私も彼女の希望しているドリンクを最高の状態で届けたいと強く思っていた。
どうしたらうまく伝わるか、もう一度筆談と身振り手振りでドリンクの注文を一緒に確認すると、彼女が大きく顔を縦に動かした。
まるで彼女が「そう!それよ!」とはっきりと言ってるかのように。
このとき、私の中にあった【言葉】の壁を越えたように感じた。
来店したときは目線も合わなかった私と彼女だったが、このときは私が手で、OK?と指でサインを出すと、満面の笑みで彼女もサインを返してくれた。
あなたの境を越えた瞬間はどこですか?と聞かれると、一番にこのときの体験が頭に浮かんでくる。
現在は会計事務という全く畑違いの仕事に携わっているが、【人と人とのつながりを大切にする】という姿勢に違いは感じない。
今でもたまにふとした瞬間、彼女の笑顔を思い出す。