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「部族意識」を健全に活用しようーー『フューチャー・ネーション』#4

ビル・ゲイツ財団の若きリーダーによるデビュー著書『フューチャー・ネーション:国家をアップデートせよ』。パンデミックから#BlackLivesMatterまで、「団結か、分裂か」で世界が揺れる今、本書が大きな注目を集めています。一部を無料公開いたします。
私たちNewsPicksパブリッシングは新たな読書体験を通じて、「経済と文化の両利き」を増やし、世界の変革を担っていきます。

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Introduction

グローバリズムをアップデートせよ

「部族意識」を健全に活用しよう

 他の破壊的衝動と同じように、部族意識も無視するのではなく、健全な方向に振り向ける必要がある。今日の世界における危険な政治的潮流は、たいてい社会のエリート層が集団にしみついたアイデンティティを美化し、利用するために生み出したものだ。集団がうまく協調していくためには、互いの違いを尊重しあうことに加えて、自分たちは重要な何かを共有しているという意識が必要であることを、ナショナリストはよくわかっている。

 人類が本当の意味でグローバルな国家を創るには何が必要なのか?

 誰もが受け入れられる「共通のコミュニティ」を思い描くことは可能なのか?

 それによっていま、国家というコミュニティに帰属する人々が互いに抱いているような信頼感や責任感を、全人類に広げることはできないか?

 人類は重要な何かを共有しており、互いに対して最低限の敬意を持つべきだという強い思いをすでに抱いている人はたくさんいる。国家が後ろ盾となり、組織的な奴隷貿易が行われるような時代は過ぎ去った。
 
 しかし国家というコミュニティを結びつける絆と比べて、人類全体の連帯感はまだ希薄だ。見ず知らずの同胞のために、収入のかなりの割合を税金として差し出すのはかまわないという人でも、世界の最貧層のためにほんの一~二%を差し出すことには猛反発したりする。西ドイツの人々は一九九〇年代の東西ドイツ統一の過程で、東ドイツの同胞のために喜んで二兆ユーロを差し出した。しかし二〇〇〇年代に同じEUの加盟国であるギリシャが債務危機に陥ったときには、その窮状を目の当たりにしても手を差し伸べようとはしなかった。

「私たちはみんな、グローバル国家に帰属するのだ」という意識が醸成されれば、人々の政治的反応はまったく違ったものになるだろう。難民危機、経済危機、あるいは伝染病など国際的広がりのある問題が生じたとき、見て見ぬふりをきめこみ、自分にはかかわりのないようにふるまうことはできなくなる。
 
 グローバル化の問題に保護主義や国際協調に背を向けることで対応するのは、ロンドン市民がイングランド北部の貧困層を排除するために市街を壁で囲もうとするのと同じぐらい愚かな行為だ。グローバル国家は、私たち人類が同じ祖先から生まれ、相互依存の関係にあり、先細りしつつあるこの惑星における運命共同体であるという認識に立って、新たな道徳的、社会的フレームワーク(枠組み)を示さなければならない。そうしたフレームワークが欠けたままでは、国際政治というジャングルのなかで、全人類が直面する問題を解決しようとする人や組織にまともな資金や権限は集まらないだろう。

この本の3つのメッセージ

 本書を通じて、ぼくは三つの主張を展開していく。
 
 第一に、グローバル国家は実現可能である。国家の概念を大きく広げていくための条件は、すでに整っているからだ。インドや中国(どちらの人口も一四〇年前の地球人口を超えている)のような巨大国家をもはるかに超える、今日の地球に生きる七〇億人をすべて包み込むグローバル国家を、私たちは生み出すことができるはずだ。これを「フューチャー・ネーション(未来の国家)」と呼ぶことにしよう。
 
 第二に、反グローバリズムのうねりが高まっている原因は、現在のグローバル・コミュニティの不公平さにある。人は生まれつきグローバリズムに反感を抱いているわけではない。どうにも勝ち目のない体制を押しつけられるから、国際協調そのものを拒絶するようになるのだ。
 
 そして本書の大部分を占める第三の主張は、グローバリズムは魅力的でインクルーシブ(あらゆる人を受け入れる)なビジョンを提示することができるし、またそうしなければならない、というものだ。そうすればフューチャー・ネーションの下に、全人類が結束する可能性は圧倒的に高くなる。
 
(翻訳:土方奈美)

なぜいま、あえて「グローバル国家」なのかーー『フューチャー・ネーション』#5 へ続く)

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【目次】
日本の読者のみなさんへ
Introduction グローバリズムをアップデートせよ
第1章 グローバリストとナショナリスト
第2章 誰も排除しない──第1の原則
第3章 ミッションを定め、敵を見きわめる──第2の原則
第4章 国民国家を守る──第3の原則
第5章 移民の自由化にはこだわらない──第4の原則
第6章 勝者のタダ乗りを許さない──第5の原則
第7章 システムを支えるルールを公平に──第6の原則
第8章 フューチャー・ネーションへ
謝辞
訳者あとがき