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「国家」とは何かーー『フューチャー・ネーション』#3

ビル・ゲイツ財団の若きリーダーによるデビュー著書『フューチャー・ネーション:国家をアップデートせよ』。パンデミックから#BlackLivesMatterまで、「団結か、分裂か」で世界が揺れる今、本書が大きな注目を集めています。一部を無料公開いたします。
私たちNewsPicksパブリッシングは新たな読書体験を通じて、「経済と文化の両利き」を増やし、世界の変革を担っていきます。

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Introduction

グローバリズムをアップデートせよ

「国家が必要だと考える人が何人か出てくれば、国家は誕生する」
──イグノトゥス・パール

 気候変動、貧困、疾病、戦争など、人類が直面する重大な問題を解決するには、みんなの力を合わせる必要がある。わかりきったことだ。それなのに多くの国で政治が内向きになっているという事実には暗澹たる気持ちになる。これでは人類にとって喫緊の課題が手つかずのままになる。
 
 そんななか、国際協調や国際機関の強化を訴える「グローバリスト」陣営は旗色が悪い。説得力のあるビジョンを打ち出せていないし、現状維持を望んでいるように見られることも多い。国際経済のルールを少し手直しすればいい、あるいは国際協定をないがしろにする政治指導者を声高に非難していればいいと思っているグローバリストが多すぎる。

「国家」とは何か

 ぼくは本書を通じて、グローバル・コミュニティをもっと健全なものにしていくには、ナショナリズムから学ぶ必要があることを示していく。

  大切なのはアイデンティティであり、人々の連帯感だ。信頼感と帰属意識を共有する社会が土台として存在しないかぎり、その上にどんな制度を創ったところでうまくいくはずがない。
  つまりグローバルなコミュニティを創るには、世界中の人がグローバル市民というアイデンティティをしっかり感じられる状況を生み出す必要がある。
 
 それはほかの集団への帰属意識を消し去る、あるいは薄れさせることではない。たとえばぼくはイギリス人というアイデンティティを強く意識しつつ、ロンドン子であること、地元のサッカークラブのサポーターであること、家族の一員であることに誇りを持っている。さらには両親の出身国であるアイルランドとイラクにも強い思い入れがある。

 読者のみなさんも、いくつもの集団に同時に帰属意識を抱いているはずだ。人類はひとつの共同体だ、という意識が強まっても、こうした重層的なアイデンティティはその下で生き続けるだろう。

 いま必要とされる高度な国際協調を支えられる共通の絆とは、どんなものだろう。人類史を振り返っても、宗教や政治信条がことなる数百万人、あるいは数十億人もの民衆を単一のルールに基づく体制の下に団結させたアイデンティティの源泉はひとつしかない。
 それは「国家」だ。

 産業革命の黎明期に、近代化の副産物として生まれたこの「国家」という概念は、すばらしい成功を収めてきた。見ず知らずの他人同士に、同じ集団に帰属しているという意識を持たせ、それだけで互いを信頼し、協力しようという気にさせたのだ。

 国家という概念は、人類史上に燦然と輝く成果をいくつも生み出してきた。

 民主主義、社会保障制度、過去に類をみない安全な社会などはごく一部だ。いずれも共通の国家という神話がもたらす、国民同士の基本的信頼感がなければ成り立たなかったものだ。

 しかし徐々にほころびも生じてきた。

 国家という概念は、多くの人を排除するようなつくりになっていた。その結果、信頼の輪の内側では結束を維持しつつ、外側にいる人々に対してはおそろしい残虐行為を働くような社会が生まれた。
 
「部外者」は戦争によって滅ぼすべき異国人のこともあったが、多くの場合は国境の内側で暮らしているものの、国家に帰属せず、それゆえに排除あるいは根絶すべき対象とみなされた人々だった。

 また範囲を限定した国家的アイデンティティは、仲間内には恩恵をもたらしたものの、グローバルな問題解決の手段にはならなかった。それぞれ完全に独立した二〇〇もの国民国家は、自国民には基本的医療を提供しても、エボラ出血熱や気候変動といった国境を越える問題については何もしないに等しい。グローバル化した経済のなかで悲惨な衝突や圧倒的格差を食い止めるには、国民国家では力不足だ。

 このためオープン・ポリティクスを標榜し、ナショナリズムはもう古い、と訴える人々もいる。お互いの違いを認め合い、誰もが多様性を受け入れるコスモポリタン(世界主義的)な未来を目指そうというのだ。

 たいそうな目標だが、コスモポリタニズムだけではうまくいかないだろう。人間は本能的な部族意識を捨て去ることができないからだ。

(翻訳:土方奈美)

「部族意識」を健全に活用しようーー『フューチャー・ネーション』#4 へ続く)

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【目次】
日本の読者のみなさんへ
Introduction グローバリズムをアップデートせよ
第1章 グローバリストとナショナリスト
第2章 誰も排除しない──第1の原則
第3章 ミッションを定め、敵を見きわめる──第2の原則
第4章 国民国家を守る──第3の原則
第5章 移民の自由化にはこだわらない──第4の原則
第6章 勝者のタダ乗りを許さない──第5の原則
第7章 システムを支えるルールを公平に──第6の原則
第8章 フューチャー・ネーションへ
謝辞
訳者あとがき