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日本のみなさんに認識してほしいことーー『フューチャー・ネーション』#2

ビル・ゲイツ財団の若きリーダーによるデビュー著書『フューチャー・ネーション:国家をアップデートせよ』。パンデミックから#BlackLivesMatterまで、「団結か、分裂か」で世界が揺れる今、本書が大きな注目を集めています。一部を無料公開いたします。
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日本の読者のみなさんへ(後編)

日本のみなさんに認識してほしいこと

 ぼくの周りの日本人の多くは、日本人の三〇%が自らを「世界市民」だと考えていると聞くと驚く[1]。日本は島国なので閉鎖的で、外の世界にはあまり関心がないという固定観念がある。日本の友人からは、自分は国際問題に強い関心があるが、そういう人間は少数派だよ、とよく言われる。

 しかしエビデンスを見ると、またぼく自身の日本での経験に照らしても、その認識は誤っている。日本は外から入ってくる思想に対して、驚くほど開かれた社会だ。そうでなければ、あなたも本書を手に取っていないはずだ。
 
 日本は特別孤立主義的な国だという認識は、二〇〇年にわたってほぼ完全な鎖国状態にあった歴史的記憶に根差しているとぼくは思う。たしかに移民を規制しようとする傾向は依然として強い。しかし本書で述べるように、移民への懸念はあらゆる国にある。そして移民を大幅に増やすことは、世界がひとつになるための必要条件ではない。日本が国際協調を推進するうえでこれまで以上に大きな役割を果たす第一歩は、自らが孤立主義的だという誤った通念を捨て、すでに世界に対してどれほど開かれた国であるかを認識することだ。

 ただ国際協調の重要性を認識することは、ほんのはじまりにすぎない。実効性の高い国際システムの実現をはばむとほうもない壁を、どうすれば越えられるのか。グローバリズムの目的について、またその実現方法について、どうすれば共通のビジョンに到達できるのか。これほど多くの人々、ときには政府までが排他的なナショナリズムに傾倒するなかで、どうすればグローバリズムは広範な支持を得ることができるのか。どうすれば均質化を避けながら一体感を醸成できるのか。グローバルな絶対権力の下で、画一的なロボットのような人々の暮らす同質化した世界など、誰も望んではいない。

 本書がみなさんに提示するのは、一体感のある世界を創り出すための青写真だ。それは多種多様で争いの絶えない何百万というコミュニティを、平和的で機能的な集合体にまとめる方法を、私たちはすでに知っているという認識から出発している。「国家」という強力な神話を生み出すことで、それを成しとげたことがあるからだ。
 
 過去二〇〇年にわたって私たちが築いてきた国家というコミュニティは、過去の憎しみは乗り越えられること、そして人は見ず知らずの他人の利益を自らの利益より優先できることを示した。ほんの一世紀前には何億人もの人々が訪れたこともない街に学校や病院を建てる費用をまかなうため、収入の三分の一、ときには半分を、遠い存在である政府に差し出すことなど想像もできなかった。

 今日の世界には、一四〇年前の世界人口に匹敵する数の国民を擁する国家がふたつ存在する。中国とインドだ。いずれも地球規模の国家といえる。どちらも完璧ではないが、インドや中国が二〇〇ものバラバラな国家に分かれ、それぞれが資源を囲い込んでいる状態のほうがよかったとはとても言えないだろう。その場合、紛争や貧困はいまよりはるかに深刻だったはずだ。湖北省が独立国家だったら、新型コロナウイルスの感染拡大を封じ込め、遅らせるための手段はもっとかぎられていたはずだ。

これからの世界にこの本がどう役立つか

 本書は「どうすれば地球規模の国家を建設できるか」という問いに徹底的に答えていく。私たちにはすでに実績があるのだから、もう一度成しとげることは可能だ。今度はその対象を全人類に広げなければならないというだけだ。これまであらゆる国家がそうしてきたように、他の人々を脅威と見なして団結するのではなく、全人類からなるフューチャー・ネーションは感染症、気候変動、極度の貧困、核戦争による相互確証破壊(MAD)といった「人類以外の敵」に対して団結しなければならない。
 
 本書では、過去のナショナリズムの失敗から学べる教訓をみなさんに提示している。これは、今回のパンデミック後のフューチャー・ネーション構想の要となるものだ。これまであまりに多くの国家が、特定の外集団に敵意を集中させるという手法を採ってきた。その轍を踏み、マイノリティを敵視することで人類の大多数を団結させるという誘惑に駆られてはいけない。征服戦争によって建設された国家は多い。しかしフューチャー・ネーションはトップダウンの命令ではなく、手間ひまのかかるコンセンサスを通じて建設すべきだ。
 
 グローバル版中国のような国家に住みたいと思う人はほとんどいない。加盟国が国民投票によって離反するリスクと常に向き合いつつ、EUが苦労しながら共通の取り組みを進めていく様子を見るのは歯がゆい。しかしこの集団的アプローチのほうが、多くの人が望むような共同体を生み出す可能性は高い。自らの人生に介入したり、自らの帰属する集団を抹消したりするような全体主義国家を望む者はいない。しかし本書を通じて明らかにしていくように、気候変動のような万人に影響を及ぼすような問題については、協同的取り組みと意思決定を担う権力のレイヤーを望む人々は世界中にいる。
 
 歴史を振り返れば、国家建設の試みが頓挫したり、道を誤ったりしたケースは枚挙にいとまがない。しかし国家への帰属という概念が存在しなければ、社会的多元的を持つ民主主義、福祉国家、法の支配なども存在しえない。

 あらゆる国家建設の試みがそうであるように、より一体感のある世界の構築も長い道のりになる。しかしさまざまな対立があるとはいえ、私たちはその道のりをこれから歩み出すわけではない。本書では、国家の後ろ盾を得て奴隷貿易が産業として行われていた時代から、人種や国籍にかかわらずあらゆる人に基本的人権が認められている時代へと、人類が大きく前進してきたことを示していく。必要な国際システムはすでに整っているとぼくは考えている。
 
 私たちが取り組むべき課題は、新たなシステムを創ることではない。個人レベルで共通の信頼感と理解を築いていくことだ。それがなければどんな国際システムも機能しないのだから。
 
 本書の目標は「グローバル政府」ではなく「グローバル国家」の建設だ。歴史上、公共の利益のために人々の力を結集させるのに最大の成功を収めてきた、「私たちはみな同じ集団の一員である」という神話を生み出すことだ。

 日本のみなさん、一緒に神話を生み出そう。


二〇二〇年五月 ロンドンにて
ハッサン・ダムルジ

(翻訳:土方奈美)
1 .International Social Survey Programme, 2013


「国家」とは何かーー『フューチャー・ネーション』#3 へ続く)

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【目次】
日本の読者のみなさんへ
Introduction グローバリズムをアップデートせよ
第1章 グローバリストとナショナリスト
第2章 誰も排除しない──第1の原則
第3章 ミッションを定め、敵を見きわめる──第2の原則
第4章 国民国家を守る──第3の原則
第5章 移民の自由化にはこだわらない──第4の原則
第6章 勝者のタダ乗りを許さない──第5の原則
第7章 システムを支えるルールを公平に──第6の原則
第8章 フューチャー・ネーションへ
謝辞
訳者あとがき