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「感染症対策本部」の設置—— 『公〈おおやけ〉』 #3

猪瀬直樹の作家生活40年の集大成とも言える作品、『公〈おおやけ〉 日本国・意思決定のマネジメントを問う 』発売を記念して一部を無料公開いたします。
他の国にはある公への意識が、この国には見られないのはなぜなのか。明治から令和まで、日本近代の風景を縦横無尽に描く力作です。私たちNewsPicksパブリッシングは新たな読書体験を通じて、「経済と文化の両利き」を増やし、世界の変革を担っていきます。

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第Ⅰ部
新型コロナウイルスと意思決定

対策本部の意思決定

「感染症対策本部」の設置

日本政府はどう対応したか、その意思決定の場となる「新型コロナウイルス感染症対策本部」(以下、対策本部、本部長は安倍内閣総理大臣)の第1回会合が国会内の大臣室で開かれたのは1月30日12時1分から12時10分のわずか9分間であった。10分間でしかない、というところに危機感の弱さを感じる。

前日に武漢からのチャーター便で206人が、当日に210人が帰国している最中であった。

国会の開会中であり昼休みの隙間の時間があてがわれた。20人の閣僚に加え官房副長官や内閣補佐官ら9人が参加している。本部長つまり最高指揮官は安倍首相だが、その存在感はきわめて薄い。会合では、加藤勝信厚労大臣が5分(「WHOの……動向も注視しつつ、引き続き、水際対策と国内の感染拡大防止に、厚生労働省一丸となって取り組み、国民の皆様の安全・安心の確保に万全を期してまいります」)、茂木敏充外務大臣が2分(「外務省では、先週、対策室を立ち上げ、省をあげて邦人の安全確保及び早期帰国に向け、関係省庁と連携して取り組んでいます」)、事務的な報告をした。

対策本部は対策のために意見を述べる場なのかと思ったが、そうではない。儀式的な空間であった。

首相官邸のHP(「総理の一日」)を見ると、こう書いてある。

「1月30日、安倍総理は、国会内で新型コロナウイルス感染症対策本部を開催しました。会議では、新型コロナウイルス感染症への対応について議論が行われました。総理は、本日の議論を踏まえ、次のように述べました」


実際には対策本部会合では、自由討議はまったくない。つまり、議論などしていないのだ。

3人目の発言者である安倍首相は、あらかじめ役人が用意した文面を読み上げた。発言は3分で終わった。

「今後も、今回のウイルスの特性をしっかりと踏まえながら、感染拡大の防止を何よりも第一に、事態の推移を充分に注視しながら、これまでの発想に捉われることなく、柔軟かつ機動的な対策を講じてまいります」

この表現で、「事態の推移を充分に注視しながら」は、役人の常套句である。そう言っておけば間違いないからだ。最後はこう締めくくっている。

「各閣僚におかれては……情勢変化を踏まえながら政府一丸となって、何よりも国民の命と健康を守ることを最優先にやるべき対策を躊躇なく決断し実行してください」

台本通りである。ふつうのテレビの討論番組でも、進行台本はつくられている。しかし、それは何と何をどういう方向で議論するか、必要な項目を並べておくためでありあくまでも目安にすぎない。

国会の質問で、大臣は答弁を読み上げる場面が多いのは、質問の事前通告があるからで、数字を挙げたり、法律の根拠を示したりして答えなければならないためだ。だからそれぞれの担当部署の官僚が答弁書をつくらないとならない。

しかし、対策本部会合では野党から質問が飛ぶわけではない。自分たちが疑問をぶつけ合い、それを官僚たちに指示すればよいのだ。ところが官僚はとんでもない宿題を負わされるのを避けるため先に台本をつくってしまう。政府の審議会など、往々にして官僚主導で行われている。審議会の事務局がシナリオをつくって運営するのだ。だから御用審議会などと批判される。

感染症の最高意思決定機関である対策本部も、各大臣など出席者からの衆知を結集するのでないとしたら、あらかじめ結論が用意された御用審議会とどこが違うのであろう。

「対策本部」会合の第2回は、WHOが「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」と宣言した1月31日に開かれた。国会審議の合間の12時11分から22分まで11分間、そして第3回会合は同日の18時11分から21分まで10分間であった。

第3回会合での発言は、「水際対策」についてだった。当時の認識では、新型コロナウイルスの日本上陸を防げばよかったのだ。

なぜなら中国の患者数9692人に対して日本12人、韓国6人、台湾9人、シンガポール13人、オーストラリア9人、アメリカ6人、フランス6人、イタリア2人など20カ国の患者数は108人しかいない。まだ対岸の火事にすぎず牧歌的であった。「水際対策の実効性を一層高め」発生源である(武漢市のある)湖北省に14日以内に滞在歴のある外国人及び湖北省発行の中国旅券を持つ者の「入国を拒否」することに主眼が置かれている。

対策本部の第4回会合は2月1日11時32分から11時43分、これもわずか11分。指定感染症として強制入院が可能である、とした。首相発言は「全ての関係大臣が、それぞれの持ち場で、打つべき手は、どんどん打っていく」と締めくくられている。それぞれでやれ、では縦割りを助長しているようにも受け取られかねない。

ダイヤモンド・プリンセス号問題が登場したのは2月5日18時14分から29分まで15分間の第5回会合である。安倍首相は、ここで「乗員・乗客には、最大14日間の潜伏期間を想定することが必要であることを踏まえ、当面上陸を認めない」とした。2月5日から14日後だから、2月19日に乗客は〝解放〟される予定になった(正式に19日から下船を開始すると発表したのは2月16日の対策本部での安倍首相発言になる)。

実際に19日から乗客の下船が始まった(YouTubeの動画で告発した岩田健太郎神戸大学教授が船内に入ったのは2月18日であり、下船の前日に来てもあまり意味がない)。

80歳以上で窓のない部屋にいた人、基礎疾患を抱えている人はすでに2月14日の時点で、本人が希望する場合は潜伏期間が解消するまで埼玉県和光市にある税務大学校の研修施設などに宿泊となっていた。

外国人も各国政府が用意したチャーター機で帰国している。たとえば2月17日にはチャーター機で帰国するアメリカ人が下船した。結局、停泊した期間にアメリカ人328人、その他の韓国、オーストラリア、カナダ、イスラエル、香港、台湾、イタリア、イギリス、ロシア、フィリピン、インド人はチャーター機や専用機で帰国した。

陰性だった乗客は下船すると公共交通機関で帰宅した、とも報じられ、それでよいのかとテレビ番組で批判されたりもした。2月27日には乗員の下船も始まった。半数を占めるフィリピン人をはじめとする乗員は健康観察期間として14日間を税務大学校の研修施設で宿泊する段取りになった。

ダイヤモンド・プリンセス号では、先頭に立った神奈川県庁と横浜市の職員、全国から派遣されたDMATの医療従事者、厚労省の職員、内閣官房の職員などが第一線で奮闘していたが、総指揮官が誰か明確ではなかった。加藤厚労大臣がしばしば会見をしたが現場を熟知しているとは見受けられなかった。

(小泉進次郎の対策会議欠席はそれほどおかしいことなのか?—— 『公〈おおやけ〉』 #4  へ続く)

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【目次】
はじめに
第Ⅰ部 新型コロナウイルスと意思決定
第Ⅱ部 作家とマーケット
第Ⅲ部 作家的感性と官僚的無感性