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5 山中で道に迷う

熊野古道の道中で一度だけ迷った。

山道を歩いていて岐路に出会ったが道標がない。

熊野古道登山マップもあやふや。

仕方なく左へ進んだ。ところが歩いても歩いても熊野古道登山マップ上で自分がどこにいるのか不安になってくる。

進めど進めど山の中にどんどん入っていくのだが標識らしきものはない。1時間半ほど進んでこの道は違うと判断した。そして引き返すことにした。

眼下に流量のほとんどない川底が露呈していて、川を下流に降りていけば元の方向に戻れそうだと思う。

(これもあまり良い選択ではなかったが、気が動転していて無駄にもがいたのだったと後で反省した。)

川づたいに歩いていると元のところに戻れた。3時間ほどのロスだった。危なかった。もし日暮れていたら遭難してたかも。

人生も似たようなものだ。同型のメタファーが働く。

・地図が曖昧
・岐路に差し掛かる
・誤った道を選び歩く
・その道は誤りだろうと気づく
・修正しようとする
・元のところに素直に戻るのが正解
・動揺してさらに間違った選択をして元のところにすら戻れぬ可能性が出てくる
・元に戻ってあのとき選び損ねた「正しい道」を選び直してまた前進する

巡礼も人生も似ているが、人生の場合は持っている地図への信頼度や地図自体の信頼度に差があって思ったように進路を取るのは意外に難しい。

・人によって選んだ地図が曖昧で案内が正しく書き込まれていないことがある
・本人がそのことに気づかずもっと良い地図を探そうと思わない
・迷って道を元に戻ってもその分岐点がさらに迷いに繋がる可能性を秘めている
・実はもっと手前の分岐点で賢くない選択をしている場合もある
・だから次の分岐点で迷うとさらに事態は大変な方向に向かう

こんなことが実際あるのだ。友人の実例をひとつあげたい。

・社員をもうしばらく預かりたいと元請け会社に言われていると言う
・話を聞くと訓練すると言う名目で自分の社員を引き抜かれているが友人は気づいていない
・もっと話を聞くと元請け会社の社長が代替わりしていて非常に評判の悪い若社長になっている
・要するにつきあっちゃいけない会社(社長)を元請けにして社員まで引き抜かれそうになっていた

その碌でもない社長との付き合いをやめない限り、問題は後から後から降ってくる可能性が高くなるかもしれないのだ。すでにそういう選択をしている。後に来る問題を乗り越えるさまざまな選択は、この評判の悪い若社長の意向に引きずられるのだ。

前の分岐点で間違った選択(取引を続ける)をしているがために今の分岐点(社員をただ同然で引き抜かれている状態にある)ではさらに悪い道を選びそうになっている。

しかし、仕事を失うことを恐れた友人は、渋々危ない元請け会社の社長と付き合っているのだ。

実は14年ほど前に仕事を辞めたいと相談があったのだが、そのときにはそんな不良元請けと付き合っているとは聞いていなかった。どうも以前の雇われ社長が気に入って取引を続けていたらしいが、その雇われ社長はあまり優秀すぎて首を切られた。オーナーファミリーが取引会社や仕事を雇われ社長に持っていかれることを恐れてやったと友人。

もう今起こっている人事問題の前に、つき合わない方が良い人間や会社と付き合い続けていたのだ。元の元の分岐路でまずい方の道を選んでいたのだった。

しかし、彼の中では仕事をもらえる会社はそこしかないと決め込んでいるので、元の元の分岐路は存在しないことになっているのだ。

ぼくの中では時間を掛けてでも信頼関係の厚い取引先を選んでいくべきなのだが、彼にとってみればその選択肢はなさそうだ。以前の相談でもそんなバカにされ粗末に扱われる元請け会社とは聞いていなかった。

今彼が持っている地図に寄りかかっている以上、これ以上のアドバイスは無理だろう。

人生でも良い地図を手元におくべきだと、ぼくは思う。

しかし、どれが良い地図か判断し、良い地図を選ぶ決断をするのは個々人の資質による。その本人が実際にその地図を頼りに歩いて行って、間違った分岐路を選び失敗し、それを自覚するまでは、彼は自分の地図を放棄しないだろう。

そのツケはゆくゆく大きなツケとなって膨らむ可能性がありそうだが、致し方ない。

そういえば海外の偽ディーラーに、エンジンのダメになったヴィンテージカーを売りつけられて結局ウン百万円かけてエンジンを入れ替えたと奥さんから聞いた。詐欺に遭っているのだ。しかし、その件も恥ずかしいと思って隠しているのだろう。その話を本人から直接聞くことはなかった。

彼の場合、どうも人の良さにつけこまれてこれからも詐欺に引っかかる運命にありそうな予感がする。

良きにつけ悪きにつけ、すべては自業自得である。もうちょっと賢い選択をしてより良き人生という道を歩んで欲しいものだ。

つづく