【TBS日曜劇場「VIVANT」放送終了記念】 「別班」はほんとうに存在するのか?

転載


『VIVANT』に出てくる「別班」経験者がはじめて明かした「本音」…別班員はなぜ「別人格」になってしまうのか?

自衛隊の闇組織「別班」の活動は偽名で行われ、何枚もの名刺を使い分けている。髪の毛やひげを伸ばし、外から見て自衛官だと気づかれることはない。お互いにコードネームで呼び合うため、本名も知らない。もちろん家族にも何をしているのか明かすことは許されない――。

TBS系日曜劇場『VIVANT』(毎週日曜よる9時~)で注目度が一気に高まった「別班」。別班員はなぜ「別人格」になってしまうのか? 前編記事《『VIVANT』に出てきた「別班」…この自衛隊の極秘組織に入ると、別人格になってしまう「ヤバすぎるワケ」》につづき、彼らが「別人格」になる理由をさらに深掘りする。

陸軍中野学校の系譜

別班の活動資金は豊富で、一切の支出には決裁が不要だ。領収書を提出する必要もないうえに、情報提供料の名目で一回300万円まで自由におカネを使うことができる。

では、どんな人物が別班員になるのか。『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』(講談社現代新書)の著者で、共同通信編集委員の石井暁氏が説明する(以下、「 」内は石井氏)。

「ある日突然、『小平学校の心理戦防護課程に行け』と言われ、訓練を受けることになります。その中で十数人いる同期中、首席になった者だけが、上から呼び出されて面接を受け、別班への配属を告げられるのです。そこには全く個人の意思はありません」

「自分の感情をコントロールする技術」を訓練

小平学校は、小平駐屯地にある陸上自衛隊の教育機関だ。情報、語学、警務、法務、会計、人事、システム・戦術の7部があり、情報教育部第2教育課にあるのが心理戦防護課程だ。'18年、富士駐屯地に情報学校が新設されたが、心理戦防護課程などは小平に残っている。

心理戦防護課程の履修を命じられた情報職種の自衛官は、約4ヵ月の間に、情報に関する座学、追跡、張り込み、尾行などの基礎訓練を受ける。

「狙った相手から100%話を聞けるよう訓練を受けています。例えば、ある地方都市の大手飲食店チェーンの社長に接触しろ、などという課題が与えられるのです」

自分の感情を完全にコントロールして、人を騙す技術を身に付ける。その教育内容は、「警察の外事・公安流」ではなく、小平学校の前身となった旧陸軍の「中野学校流」と似通っているという。

中野学校は、諜報や防諜、宣伝など秘密戦に関する教育や訓練を目的とした機関だ。'74年にフィリピン・ルバング島から帰国した元少尉、小野田寛郎が卒業したことでも知られる。元中野学校教官の藤原岩市が、小平学校の前身である調査学校の校長を務めるなど、中野学校と小平学校には連続性があった。

さらに、心理戦防護課程を修了したものは旧陸軍の遺伝子が受け継がれていることを、身をもって体感する。


別班員になるための「試験問題」

「心理戦防護課程の入校試験では、先ほど行ったトイレのタイルの色は何色だったかといった質問がされます。一方、旧陸軍中野学校の入校試験に関する証言ではいま、エレベーターに乗ってきて、感じたことはないかと聞かれたとあります。この類似性に気づいた瞬間、思わず声を上げてしまいました」


心理戦防護課程の部屋には、小平学校の校長でさえ入れない。戦前の陸軍の教育を受け継ぐ小平学校から、別班員たちが巣立っていく。

別班の活動範囲は国内にとどまらない。中国、ロシア、韓国などに民間のダミー会社を作り、極秘活動をしている。本人が動けない場合、現地の協力者を買収し、軍事、政治などの情報を集めさせることもある。米軍の情報部隊やCIAとも頻繁に情報交換をするなど、日本国のスパイとして活動しているのだ。

だが、その事実を認める関係者はいない。

「首相も防衛大臣も知らないのに、海外で危険な任務を与えられる。これは、明らかに文民統制を逸脱しています」

「別班には触らないほうがいい」

石井氏は、海外で別班が活動している事実を突き止めるため、取材を続けた。しかし、別班は自衛隊にとってタブーであり、取材は難航した。陸上自衛隊の元将官にこの話題を切り出した際も、厳しい反応があった。

「『別班』という言葉を聞くと、突如厳しい表情に変わりました。さらに質問をすると『お前(石井氏)は、私が現役時代からずっとマークされてきた。電話もメールも盗聴されていると思ったほうがいい。別班には触らないほうがいい』という脅迫を受けました」

5年半の取材を経て、石井氏は「陸自、独断で海外情報活動 首相、防衛相に知らせず 文民統制を逸脱 自衛官が身分偽装」という記事を執筆した。'13年11月28日の朝刊用に配信されている。

これを受け、国会でも議論がされた。しかし、小野寺五典防衛大臣(当時)は、「そのような組織はこれまで自衛隊に存在しておりませんし、現在も存在しておりません」と答弁している。

その後、石井氏は直接、小野寺大臣と話す機会があった。

「小野寺さんは本当に知らないようでした。ただ別れ際に、『長くても2年くらいしかいない大臣になんて言うはずがない。そういうことかなあ』と言っていたのです」

別班経験者の本音

別班は、今も昔も存在しないものとして扱われている。記事を出した後、音信不通になった取材相手が何人もいた。それでも、取材を続けられたのは、別班経験者の本音を聞いていたからだ。

「長く付き合っている別班OBが居酒屋で、『別班に入って自分が変わってしまった』と、ぽろっとこぼしたのです。心理戦防護課程では危険な教育を受け、身分を偽りイリーガルなことをしなければならない。ストレスはすさまじいものです」

別班員は、何があっても動じないように訓練される。素の自分を出すことができなくなり、それがゆえに心を壊す者もいる。家族にすら心の壁を作ってしまい、家庭を継続できない人も少なくない。

「別班は、存在すら認められないのです。ある経験者は、『別班の全貌を明るみに出して、潰してほしい』と私に言いました」

自衛隊情報部隊のトップエリートたちを犠牲にしながら、自衛隊の秘密組織「別班」は今日も活動を続けている。

(「週刊現代」2018年11月17日号より一部改編)

さらに関連記事《『VIVANT』で注目…「別班」の日常生活がヤバすぎる!「休日は家族に嘘を言ってマンガ喫茶でぼんやり過ごす」理由》では、知られざる別班員たちの日々の暮らしを見てみよう。