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==真面目な話==

「痛た!」
リビングの隅っこの方で彼女は普段よりもちょっと大きな声で叫んだ。
左人差し指の第二関節の背を口にくわえながら「いへへへ」と眉間にしわを寄せながら彼女は言った
「いははったー」
「大丈夫?うち 絆創膏あったっけ?」
という僕の問いかけに2人はしばらく沈黙し彼女が言った
「薬屋さん行こうか」
そのドラッグストアはうちから歩いて10分ほどの旧道沿いにある。
ティッシュでくるっと巻いた指を口元に当てながら、彼女はしゃがみこんで薬を物色している
「なんかいっぱいあってわかんないね」
確かに、家の薬箱の中には一種類ずつしか入っていないので、何も迷う事なく症状に合わせて選択できるのだが、薬局に来ると似たような効き目の似たような薬がいくつもある。薬という性質上パッケージ買いという選択肢はないので選ぶのも一苦労だ。
「ちょっと薬剤師さんに聞いてみようか」
ぼくが呼び止めたその薬剤師さんは、真面目そうな銀縁メガネをかけた40歳くらいの男性だった。多分趣味は山登りだろう。
彼女が傷の場所を見せながら聞いた
「これなんですけど」
薬剤師さんは彼女の指を見ながら丁寧に答えてくれている
「あ、うん、これね。うん。これはね、まず消毒をしてね、うん。で、たとえばこの塗り薬を塗ってね、うん。で、絆創膏を貼っておけばね、うん。治りますよ。うん」
「消毒液はこっちとこっちだと、どっちがいいんですか?」
「うん、あー、こっちはね、うん、昔からあるタイプですね。うん、あの、ほら、うん、保健室にあったりした、うん。こっちは、少ししみますね。うん」
「こちらはですね、新しいタイプで、うん」
「ええ」
彼女も呼応し始めた
「今まであった塗った時の刺激がね、うん」
「はい」
「だいぶ、こう、うん、」
「ええ」
「抑えられてきているんですね、うん」
「ええ、はい」
「だから少しだけね、うん、ちょっとお高いんですけれどね、うん」
「ええ」
「こちらの方がね、うん」
「ええ」
「おすすめですね、うん」
「ええ、はい」
「じゃあ、ええ、はい、これを、ええ、ください。はい」
「かしこまりました、こちらですね。塗り薬の方はいかがなさいますか?」
「あ、ええ、お願いします」
「あ、うん、こちらのものでよろしいですか」
「あ、ええ、いえ、あの、これなんかは、あの、どうなんですか?」
「あ、うん、こちらはですね、うん、湿疹などのお薬なので、うん」
「ええ、はい」
「ちょっとね、うん」
「ええ」
「こちらの傷には、うん、むきませんね、うん」
「あ、ええ、はい」
「それでしたらね、うん」
「ええ」
「こちらの方が、うん」
「ええ」
「塗り心地も、こちらに比べてね、うん」
「ええ、はい」
「さらっとしてますのでね、うん」
「ええ」
「ベトつきがないのでね、うん」
「ええ」
「普段の生活はね、うん」
「ええ」
「よいかも」
「ええ」
「しれないですね」
「ええ」
「うん」
とにかく真面目な2人なのである
「絆創膏とガーゼはどちらがいいんですかね?」
「まあですね」
「ええ」
「うん、ガーゼの方が」
「ええ、はい」
「通気性はあるのでね、うん」
「ええ」
「いいのですけれど、うん」
「ええ」
「うん」
「ええ」
「生活するのも不便ですからね、うん」
「ええ」
「このくらいの傷でしたらね、うん」
「ええ」
「絆創膏でよろしいかとおもいますね。うん」
「あ、ええ、はい、ありがとうございます」
「じゃあこの3つ、ええ、ください」
「はい、ありがとうございます」
ドラッグストアの、小さな袋をぶら下げながら、帰り道
「真面目な人だったな。質問にちゃんと色々答えてくれて、私も真剣に聞いちゃったよ」
彼女は言った。
世の中の秩序は、真面目な「うん」と「ええ」と「はい」で保たれているのかもしれない。
2017/1/5

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