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==叶わぬ話==

「4日ぶりか?」
しわがれ声でマスターが言った
「今日はウーロン茶にしとくよ」
と言うと、「おごらねぇよ」という言葉と同時にボウモアのロックが出てきた。
なんて店だここは。
今日はヨシマサに呼ばれてここに来た
ヨシマサは10年近くの友人。ゲイだ。
「いまだに混同してるタコがいるんだけど、ゲイとオカマは違うのよ」
これは、一番初めにヨシマサと交わした会話だ。
デンマークと日本のミックスの彼は、はっきり言って美しい。
カルバンクラインアンダーウェアのモデルのように顔も、鍛え上げられた体も美しく、そしてとてつもなく強い。この店だったか、彼を心底怒らせて吹っ飛ばされた男をぼくは2人ほど見たことがある。
しかしながら心は乙女のように繊細だ。
だから彼を初めて見た女の子たちは彼に憧れる。しかし今まで誰1人としてお付き合いできた女の子はいない。
なぜなら彼はゲイだから。
そんなヨシマサが僕を呼び出すときは決まって恋の悩みだ。
相談というよりも喋りまくって終わる。
それでいいらしいし、どうやら僕は喋られやすい男のようだ。
「笑顔はときに暴力的なのよ」
マスターは何も言わず彼にイチゴ味のプロテインを出した。薄い上唇をピンク色にして彼は僕に言った。
そのピンクのプロテインの付いた上唇とギリシャ彫刻のような顔立ちのアンバランスを笑った僕に
「おめー、ちゃんと聞く気あんのかよ」
と、ヨシマサが低く唸った。
よく見ると目が据わっているのを見てもプロテインに行くまでに相当飲んでたことが想像ついた。
心は女でも力は男以上だ。
僕は襟を正した。
気を取り直したようにヨシマサは普段の彼に戻って
「あなたはさ、そうやってフラフラ生きてるから悩みだって3日も経てば笑い話にできるだろうけれど、自分みたいな人間はいつも身も心も奪われちゃうからほんとにつらいのよ」
彼はため息をついた。
「今回の話は複雑だよ。自分でもバカなんじゃないかって思うんだけど、ね」
「もしかして、体裁として妻も子もいる人だろ」
ぼくが当てずっぽうで言うと、ヨシマサはニヤっとしてぼくの頭を小突いた。
「痛ぇよ」
「あんたはそう言うところ、勘がいいから楽なのよ」
「じゃあ細かいところは省いて話していいね」
「まさしくその通りで私たちはそろそろ4ヶ月目くらいなんだけれど、だけれど、会うたびに気持ちは深まっていくの」
「ならいいじゃんか」とぼくはヨシマサの頭を小突き返した。
「いてぇよ」
一瞬低くなった声がまた戻った
ホ短調からト長調の振れ幅だ
「それが良くないの、むしろ」
「いや、仲良くなるのはいいことなのよ。もちろんね。ただそうなる事で不可抗力的に一緒にいられない辛さを感じるんだよね」
「まずね、私たちの関係は、男と女の不倫よりも理解されにくいことよね」
「特に彼の立場は理解されにくい」
「私たちの仲間でも彼のような人を毛嫌いする人もいるの。どちらもアリなんてずるいっね。でもねそう言うの超えてるし」
「だからね、自分は耐えないといけないの。彼が家族で旅行に行くときとか、親類に会うときとか。自分はその場所には絶対に入れないの」
「彼が楽しくなったりすることはぜんぜんいいの。嬉しいんだ。だけど彼のパートナーが、彼の笑った顔を見て笑ってるところを想像すると。自分は辛いのよね」
「彼の幸福な時間を祝福すると、同時に、望む望まざる関係なく、彼のパートナーも幸福な時間をを過ごしてしまうのよ」
「その笑顔が自分を苦しめるの」
そう言った彼の目はロウソクの明かりで潤んで見えた。
マスターの目も涙目になっていたが、その手には頼んでもいない次のボウモアが用意されていた。
2017/1/8

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