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==まわる話==

「ライオネル・リッチーってピアノごと回っちゃうんだぜ。知ってた?」
スーパーの帰り道、彼女は「セイユー、セイミー」と同じ箇所だけ歌いながらご機嫌に歩いてた
「回るってグルグル回っちゃうの?」
彼女は人差し指を立てた手を下に向け腕をグルグルと回した
「そんな、ろくろみたいなスピードでは回らないよ。せいぜい昔の電子レンジくらいの速さで」
彼女はクスッと笑いながら
「ならね。私もっとすごいの知ってるよ。ドラムの人が回っちゃうの」
「すごいんだよ」
「ヘビメタみたいな人たちでね、こうドラムごと回っちゃうの」
そう言いながら、でんぐり返しのような仕草をして、彼女はケラケラと笑った
「なんでそんなの知ってるの?」
「こないだねYouTubeで見つけて、あ、これ教えなきゃ!って思って忘れてた」
そうなると、僕も回るもの自慢をしたくなってくる
「ZZTopだってお腹の上でギターが回っちゃうんだぜ」
「それは染之助染太郎さんみたいな感じ?」
「ちょっと違うかな。いや、全然違う」
そう答えながら、僕はなぜ人は物を回すのか考えていた
「なんで回すのかなあ」
「回るとみんな楽しくなるんじゃないの?染之助染太郎さんだって『おめでとうございます』って言ってるじゃない?」
そう言いながら彼女は首に巻いたストールの端っこをクルクルっと回してみせた
「あれ?」
彼女が足を止めたのは、商店街の中にある古めかしいと言えば聞こえはいいが、時代に置いて行かれたかのような構えの店先のラックの前。埃やすすをかぶった茶碗や湯のみ、土鍋などが丁寧と無造作の間の感覚(もしそのような感覚を表現する言葉があるのならまさしくその状態)で置かれている食器店の、そのラックの一番下の段の棚の前だった。
「これかわいい」
彼女が手にしていたのは、中華料理店によくある調味料を乗せてておくような、丸い回転式のトレイだった。
白い15cmほどの陶器の皿の上には、細い線で一筆書きのように書かれた鳥の絵と花の絵が綺麗な染付風のプリントで飾られていた。
その皿部分をクルンクルンと回しながら彼女は言った
「ここのお店ね、むかしおばあちゃんとよく買い物に来たなあ」
「これじゃないけど、こんなクルクルのトレイ欲しかったなあ」
「ちょっと中見ていこうか」
僕が言うと
「うん」と同時に彼女は中に入っていった
店の中は間口の割には広く、子供用の丸い猫のキャラクターが描かれたお茶碗とかから作家風の花瓶や、不動産屋にありそうなガラスの大きな灰皿なんかが窮屈そうに並んでいて、そんな食器たちの間にぽつりぽつりと、普通に使えそうなワイングラスや白いすっきりしたデザインのお皿なんかが申し訳なさそうに並んでいた。
意外と使えそうなものもあって、しかも全部半額になっている。
僕はそんな中から白いデミタスのカップアンドソーサーのセットを4客、それからシャンパングラス2脚を選んだ。
彼女は外から持ってきたクルクルのトレイと店内で見つけたシルバーっぽいフォークを手にしながら深めのガラスポットを選んだ。
会計のテーブルに向かうと彼女が小声で言った
「あのレジスター、私が子供の頃からある」
低めのテーブルの奥にあるレジスターは、今の型よりも相当大きく、半円を描いた正面には大きい数字のボタンが付いていて、その上にある金額を表示する窓は、電光の表示ではなく数字を書いた小さいパネルが飛び出す本当に昔のものだった。
数字を打ち込むのも力がいりそうでボタンを押す音も今のピッピとは違い、ガシャンガシャンと大きい
お店のおばさんは一つ一つ数字を丁寧に打っていった。
チーンという音とともにお金のトレイが開き、まとめてお会計を済ませた僕は、おばさんと話をしている彼女を残して先に店の外に出た。
外のラックにも、よくよく見ると良さそうなものが顔を覗かせている。2、30年前のものだったりもするのだろうか。
「お待たせ」
彼女がニコニコしながら外に出てきた。
「やっぱりね、ここ、おばあちゃんが一人でやってらして、うちのおばあちゃんとお友達だったみたいなの」
「でも、おばあちゃん他界されちゃって、今いたおばさんはおばあちゃんの姪御さんで、誰もお店継ぐ人がいないから週の3日くらい出てきてやってるんだって」
「運が良かったよね、開いていて」
「また来ますねーって言ったら、あなたたちみたいな若い方達に来てもらえれば、叔母も喜んでくれると思いますよ。って」
「またなんか探しに来ようっと」
と言いながら彼女はどこかで聞いたことのあるような鼻歌を歌っていた。
これ誰の歌だっけ?と思いながら
僕はまた回る意味について考えてみた。

2017/1/8

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