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書評:鮫島浩『あきらめない政治』(那須里山舎)

本書は、ネットメディアであるサメジマタイムズを主宰する鮫島浩さんへのインタビューとコラムで構成されています。

「サメジマタイムス」サイトより引用

生々しい体験記

政府の中枢で取材した経験のある元新聞記者である鮫島さんが語る生々しい体験記である点が一つの特徴です。具体的には、東日本大震災に関する取材や、竹中平蔵氏の評価、財務省についての体験、自民党政権や民主党政権の番記者としての経験について触れています。

東日本大震災に関する取材では、人々をパニックに陥らせかねないという限界状況の中でどこまで情報を公開して、どこまで自らの見解を記述するかについて経験したジレンマが率直に語られていました。陰謀論から御用メディアまで情報発信の形態はいろいろですが、苦悩が率直に語られていて「報道の自由」をめぐる良心の葛藤が見られました。

また、竹中平蔵氏の評価については、功罪それぞれの側面から語られていて現場の記者ならではの見解が記されていました。現在は政商としての側面がクローズアップされて、それはそれで批判されてしかるべきですが、鮫島さんによれば、彼が情報公開の風穴を開けた側面もあることは評価に入れるべきだとのことです。

さらに、財務省に関する体験記では、高官を取材した経験に基づく独特の説得力があります。いわゆる「ザイム真理教」批判が人口に膾炙していますが、それを裏付ける高官の選民主義的なパーソナリティが記載されています。

最後に、自民党政権や民主党政権の番記者としての経験については、固有名詞を出しながら、そのパーソナリティについても言及があり、読む価値のある内容となっていました。何と言っても、なぜ君は総理大臣になれないのかで話題になった小川淳也氏と高松高校の同級生であるというエピソードが特筆されます。

来たるべき政治へのビジョン

本書のもう一つの特徴は来たるべき政治へのビジョンが語られている点です。ポイントは2つあります。

1.格差社会への視座
鮫島さんは、左右対立のイデオロギーに対するこだわりはあまり見られませんが、それに対して格差社会への問題意識がとても強いです。それは、バランスを保ちながらも、れいわ新選組が格差社会の打破を志して、初めて参議院選挙に挑戦した時に巻き起こした旋風に感銘を受けて、新聞社を辞職したときのエピソードにも見られます。

2.左右対決から上下対決へ
そこから展開する話となりますが、従来の政治の対立軸である左右の対立から脱却し、上下の対立という格差社会の実相をめぐる新たな視点を取り入れることが重要であると述べています。これは、政治の軸を経済的な格差や社会的な階層の問題に置き換えることで社会改革を実現するための提案です。

右上・右下・左上・左下という四象限になりますが、右下と左下がタッグを組んで格差社会をひっくり返すというダイナミックな展開も構想が可能となります。本書では解説がありませんが、実際ヨーロッパやアメリカではいわゆる「極右勢力」が大きな力を持ち始めていますが、正確には「右下」の勢力であり、グローバル資本主義に対する問題意識では「右上」よりも「左下」に近いということは可能でしょう。

つまり、将来の政治においては従来の枠組みにとらわれず、新たな視点やアプローチが求められることを示唆しています。

筆者のライフヒストリー

このビジョンを支える鮫島浩さんのライフヒストリーが実に興味深いのですが、彼は評者よりも3歳年上に過ぎず意外と世代が近く親近感があります。彼はシングルマザー世帯出身で、大学時代はゆとりのある同級生に対して引け目を感じていてたエピソードがありました。

私のライフヒストリーにも記載しましたが、バブル崩壊直後とはいえ、学生にとっては十分好景気の時代でカツカツの生活をしている大学生は少数派で、アルバイトで海外旅行の費用を稼いでいた人も数多くいて優雅な時代でした。

そんな時代に、京都大学で少数派としての学生時代を過ごした経験が鮫島さんの格差社会への鋭い問題意識を形成したのでしょう。

評者の感想

まず、上下対決に深く共感します。世代と生活体験が近いからかもしれません。私は3年後輩に当たりますが、就職氷河期にぶち当たった世代です。世代の中で大きな格差が生じた初めてのケースで、共通の体験をしたのに共通のコンセンサスを得るのが困難となっています。そんな分断された状況で、上下対決を目的とする政治勢力を形成しようとする筆者の問題意識に共感します。

先だっての都知事選では上下対決の視座が深まらず、世代間対立や左右対立の分断の溝だけが広がりましたが、ヨーロッパやアメリカで胎動してきているように、日本でも上下対決の意識が高まる必要性が発生しています。そのきっかけとしてこの書籍が少しでも広まってほしいと願います。


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