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書評『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』

概要

『記者襲撃 赤報隊事件30年目の真実』(樋田毅)は、1987年5月3日に朝日新聞の記者二人が何者かに突如、散弾銃で殺傷された阪神支局襲撃事件を含む、約3年4か月の間に計8件起きた「赤報隊」による襲撃・脅迫事件が主題となっている。著者が犯人を追いかけるために取材・捜査したノートをもとにした記述は具体的で迫力がある。取材の進展に伴い、α教会にたどりつくが、それは統一教会であることは疑いがない。最後は、赤報隊の声明文の文体が、現在のネトウヨ的なメッセージに近似する状況を憂い、赤報隊に逃げ隠れるなと訴える。

目次

まえがき
第一部 凶行
 第1章 供述調書
 第2章 犯行の経過
第二部 取材の核心部分Ⅰ
 第3章 新右翼とその周辺
 第4章 日本社会の右翼
第三部 取材の核心部分Ⅱ
 第5章 ある新興宗教の影
 第6章 深まる謎
第四部 波紋
 第7章 捜査と取材
 第8章 現在、過去、そして未来
あとがき

書評

第1部の事件のディテールをめぐる記述、第2部と第3部の取材のプロセスが大変迫力がある。野村秋介に代表される新右翼とのある程度の連動が見受けられる点が興味深い。旧来の右翼団体が赤報隊の動きをグリップできておらず、新右翼と交流があることが辛うじて見受けられる程度ではあったが、朝日新聞本社での野村秋介の銃撃自殺事件をきっかけとして、赤報隊の活動が停止したという点は注目に値する。

核心をさぐる動きの中でα教会(=統一教会)に行きあたる訳であるが、組織としては完全に関与を否定していたが、末端が勝手に暴発する可能性を元幹部が暗に認めている点が興味深い。また、左翼団体に対抗するためという名目で実力組織を要請しているところまで認めており、犯行を実行するだけの実力を保有している点は認められる。ただ、赤報隊の犯行の中で在日韓国人をターゲットとしたものがあり、単純に統一教会が主体になっているわけではないことを著者は指摘している。

著者は、赤報隊の正体を2~3人程度の少数グループで、声明文を書いたリーダーは宗教的背景の有無は別として右翼的信条と高い教養の持ち主であり、しかも散弾銃を所持し、ピース缶爆弾を作る技術を持つ集団であるとしている。

感想

安倍元総理殺害事件を経た後で、記者襲撃事件があった5月3日を初めて迎えたこともあり、以前も読んだことのあるこの書籍に再度目を通してみた。安易な結論付けをしておらず回りくどい著述なのに、筆致に独特の迫力があり、社会正義を追求する古き良き報道陣の矜持が見られる。

もちろん、安易に統一教会と犯行を関連付けてもいないが、統一教会と朝日新聞の幹部が「手打ち」を行ったことを境に、朝日新聞をターゲットにした動きは留まり、リクルート社や在日韓国人など他にターゲットを向けるようになったという事態は驚愕させられる。

朝日新聞が現場の記者の動きを止めようとする「保身」についての記述も実に興味深い。組織は経営の問題もあるのでバランスを図ろうとするのはやむを得ないのかもしれないが、それと引き換えに信用を失うに至ったこの30年余りの経緯を見ると、短期的な利益を失っても信用第一で行くべきなのはどの商売でも同じなのだろうと思った。

評者は、大学一年生の1月に野村秋介の銃撃自殺をリアルタイムに見聞きしており、大変衝撃を受けたことを記憶している。その時に新右翼の言論を一通り閲覧した記憶で言うと、赤報隊の声明文に出てくる「反日」という現在普及した差別的な言葉はマッチしないというか、そんなつながりがあったことが意外であった。犯行グループは、思想的には新右翼よりも統一教会に近いのではないだろうか。

新右翼とも統一教会とも遊離したトップダウンの犯行ではない点が、近年いわゆる「ローンウルフ」とされるテロ事件とも似通っている印象を受けた。人びとの紐帯が弱まって衝動的な言論テロが行われるようになった一つのきっかけと言えるのかもしれない。

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