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Agust D "극야(Polar night)" 銃声なき戦場 ~日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.099

味方同士で殴り合って争うことに何の意味
槍先は上に向けなってば

극야(Polar night)



数多あまたの真実と数多の嘘の間で
俺たちは満足に世の中を見通せるのか

真実と嘘の差異
扇動アオリと本質の間
俺の利得は何なのか?
小汚い世界で
犬のように生きることはできないから
目を開けたまま現実を見る
正義の反対はまた違う正義
わかってるじゃないか
世の中には無いんだよ 善意など
事実ファクトには関心がないし
己の味方でなければ
殺してしまうのが今の定義
左と右 黒と白が組まれた
演劇の幕が下りる時
観客は互いに噛みつきながら血を見るね
銃声なき戦場
物質万能の病弊
己の味方でなければ
皆 敵になってしまう
極端な選択

政治的な正しさはまた 己の好み次第
厄介な問題は口を噤んだまま
選択的偽善と不快な態度
ひとえに己の気分に合わせてしまう解釈
真実と嘘も好み次第
視線は自陣に閉じ込められたまま
偏に己の気分に合わせてしまう解釈

数多の真実と数多の嘘の間で
俺たちは満足に世の中を見通せるのか
全てがけがれている(俺もまた潔白なのか?)
全てが汚れている(あなたは潔白なのか?)

悪質な質問と無差別な非難の差異
俺たちは何のために闘うのか
それはけがれている(俺もまた潔白なのか?)
それは汚れている(あなたは潔白なのか?)

血塗られた舌で正義を叫んでいる間
息を殺した奴らは嘲笑うなよ
余りに多くの間 口を噤んだなら
傍観者だと後ろ指を指してやるさ
お前が どこにいようとも
しかと見ろ 匿名に隠れた
卑怯者どもが決行する殺人
「棘ある言葉は全てお前を思ってのことで、
もう 撤回してやることにするさ
これしきのことで しかたねぇな」
しかと見ろ 沈黙する犯人
あんたらが叫んでいた安っぽい正義は
血を流した者たちの為ではないじゃないか
頼むから向き合いなって
この不都合な善意に
黄色い言論イエロー・ジャーナリズムが作り出すノイズ
誰かの利得に基づくチョイス
味方同士で殴り合って争うことに何の意味
槍先は上に向けなってば

政治的な正しさはまた 己の好み次第
厄介な問題は口を噤んだまま
選択的偽善と不快な態度
ひとえに己の気分に合わせてしまう解釈
真実と嘘も好み次第
視線は自陣に閉じ込められたまま
偏に己の気分に合わせてしまう解釈

数多の真実と数多の嘘の間で
俺たちは満足に世の中を見通せるのか
全てがけがれている(俺もまた潔白なのか?)
全てが汚れている(あなたは潔白なのか?)

悪質な質問と無差別な非難の差異
俺たちは何のために闘うのか
それはけがれている(俺もまた潔白なのか?)
それは汚れている(あなたは潔白なのか?)



韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/6197079
『극야』
作曲・作詞:Agust D , 장이정, 강승원


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今回は、BTSのSUGAがAgust D名義で発表した三枚目の、また、商業的に発表される初のソロアルバムとなる2023年4月リリース「D-DAY」収録の "극야" を意訳・考察していきます。

「극야」は漢字語で極夜(南北の極圏で一日中太陽が昇らない現象)と書きます。※反対に一日中太陽が沈まない現象を「白夜」という。
タイトルとなっているこの「極夜」という単語、およびそれを想起させる言葉や文は、歌詞の中に現れません。

しいて言えば「光(答え)を見出すことができない」ひたすら鬱々とした状況が描かれている、という点が極夜の概念とマッチしているのではないかと思います。


1.30歳を迎える前に

自らも気に入っている楽曲であるし、曲を聴かせたRM、j-hopeから好評を得たと、アルバムリリース時の配信で話しているユンギ。↓

(49:42~극야の話題)

「(数え)30歳を目前にして、30歳をキーワードにして曲を作りたかった」ことがスタート地点だったと言っています。
「30歳」のエッセンスを楽曲に取り入れようと試みた彼は、ある楽曲をサンプリングすることにしました。

それが大邱出身アーティスト・故김광석キム グァンソク氏の『서른 즈음에 (三十頃に)』です。↓

この楽曲のボーカルが乗っていないギター演奏部分をカット→リバース→再配置するというユンギ自身「僕が良く使う作業方法」を駆使し、それを元にリズムを構築→メロディを乗せる…といった行程があったと説明しています。

ところが、20歳になった時と同じで30歳になったからと言って「特に何も変わらなかった」ことで、30歳をテーマに発進した楽曲制作のモチベーションの在り処を再考することになります。

そこで見出されたのは、たくさんの人の胸の内で沸々としている怒り・互いに向けられる憎悪・見えない枠に捉われ共感や理解を放棄した争いについて…という、正に光の見えない極夜状態の世の中をぶった切るテーマでした。

この汚れ切った世界にあって、きれいな存在でいることができているかどうか。己と、周囲に問いかける。
頼りなき闇夜で敢えて汚点を数え上げる、その厳しい目が光ります。


2.正義の反対もまた正義

この曲の歌詞で私が大きく頷いたのは、この部分です。↓

정의의 반대는 또 다른 정의
(正義の反対はまた違う正義)

※引用文につけた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6197079

フィクション・ノンフィクションの垣根なく世の中には争いごとが絶えません。その理由は動物的な縄張り争いから、感情的な痴話げんかまで様々です。その争いの全てにおいて共通するもの。それがこの正義と正義のせめぎ合いです。

私個人の人生で、正義と対立しているものの全てが悪とは限らない、相手もまた己の正義を掲げているからこそ相容れないのだと初めて教えてくれたのは、アニメ『機動戦士Zガンダム』でした。それも、大人になってから全話観直した時。
(この話はホビの "=(Equal Sign)" の記事でもひとり熱く語っているので良かったらご一読下さい。ホビとユンギは「いいたいこと」の共通項が多い気がします。)

この後に続く歌詞表現では、人が人を極限に追いやる術が武器や肉体的な暴力だけではないことが、その残酷さそのままにえがかれています。

알잖아 세상엔 없거든 선의
(わかってるじゃん 世界にはないんだよ 善意) ※1
팩트는 관심 없고 내 편이 아니면
(ファクト(=事実)は感心ないし、自分の味方でなければ)
죽여버리는 게 지금의 정의
(殺してしまうことが今の定義)
좌와 우 흑과 백 짜여진 연극 끝에
(左と右 黒と白 組まれた演劇の終わりで)
관객은 서로를 물어뜯으면서 피를 보네
(観客は互いを噛みちぎりながら血を見るね)
총성이 없는 전쟁
(銃声のない戦場)
물질 만능의 병폐 ※2
(物質万能の病弊)
내 편이 아니면 다 적이 되어버리는
(自分の味方でなければ皆 敵になってしまう)
극단적 선택
(極端な選択)

※引用文につけた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6197079

※1 ~거든(요) …~なんだよ(~なんですよ)(参考
※2 물질 만능(物質万能説)…精神的なものより物質的なものを第一に据える考え方=「物質主義」の人間が説く、「物質こそが全て」という考え方。

事実であるかどうかは関係無く、ただ己の理想や思想、嗜好に合うか否かを優先し、合わなければ即切り捨てる。
世の中の対立を当事者ではなくあくまでも観客(傍観者)として、事の一部始終を演劇を見るかのように野次を送って愉しむが、ひと度賛否が出揃えば観客同士で噛みつき合い、血を見るまで罵り合う。

そこに飛び交うのは実弾ではなく、殺傷能力を持つ「言葉」。
人が人と噛みつき合って血を流す光景…ぞっとします。

立ち位置の違い、見た目の違い、それらすべてが「お互い様」であることに気が付かず、自分が属している側とそうでない●●●●●側、という認識しか持てない者が、そうでない●●●●●側に怖れを感じ攻撃してしまうのは、ある意味、自分の身を守るために人間にも残された動物的な本能であると言えるかもしれません。

この動物的な本能をむき出しにすることが結果的に自分の立場を失うことに繋がりかねないということを、人間は自分のごくごく身近な範囲で学習を重ねてきました。顔を合わせ、目を見て、声色を聞いて、相手がどんな反応をするのかを直に感じながら生きていくしか方法が無かった間は、本能を抑制する「理性」が勝る者が賢いのだと、それこそ「本能」でもって悟って来たのです。これを協調性と呼ぶのだと思います。

ところが顔を合わせず、目を見ることもなく、声すらも聞かずに自分の言葉を対象に届ける術を得た人間は、相手の人間が自分の言葉によってどんな反応をするのかを「想像する力」、相手を敵とみなし攻撃する本能を抑制する「理性」を失っていきます。
この緩やかな退化を気取ることができている人間はどれ程いるでしょうか。

こういった話題を考える時、人生の大先輩のSNS投稿の内容に対して寄ってたかって糾弾し謝罪にまで追い込んだ人たちの存在を思い出さずにはいられません。
相手が降伏するまで攻撃することが推しの名誉を守ることだと勘違いしている人たちは、その行為が守ることができるものはわずかに自分自身のプライドだけである、ということに気付いていないのだと思います。

まさに「自分の味方でなければ皆敵になってしまう」という惨状そのものでした。


3.傍観者たちに問う

そしてここからは、血まみれになりながら舌戦を繰り広げる当事者たちを、射程範囲外で黙認する「傍観者」たちに対する問いとなっています。

피 묻은 혀로 정의들을 외치는 사이
(血まみれの舌で正義を叫んでいる間)
숨죽인 이들은 비웃지 말이
(息を殺した奴らはあざ笑うなよ)
너무 많은 시대에 입을 다물면
(余りに多くの時代で口を噤んだら)
방관자라고 손가락질을 해대네 어디서 감히 ※3
(傍観者だと後ろ指を指してやるよ 何処であろうと敢えて)
봐봐봐 익명 속에 가린
(見ろ 見ろ 見ろ 匿名に隠された)
비겁한 자들이 행하는 살인
(卑怯者たちが決行する殺人)
“가시 돋친 말은 다 널 위한 거고
(「棘の生えた言葉は全てお前のためのことで、)
이젠 해명을 하려고 하네 까짓 게 감히” ※4
(もう釈明をしようと思うよ これしきのことで仕方ねえな」)
봐봐봐 입 다무는 범인
(見ろ 見ろ 見ろ 口を噤んでいる犯人)
당신들이 외쳐대던 값싼 정의는
(あんたたちが叫んでいた安っぽい正義は)
피를 흘린 이들을 위한 게 아니잖아
(血を流した者たちのためじゃないじゃないか)
제발 마주하라고 이 불편한 선의 ※5
(どうか向き合えってば この具合の悪い善意)
황색언론이 만드는 노이즈 ※6
(黄色い論壇イエロー・ジャーナリズムが作り出すノイズ)
누군가의 이득에 의한 초이스
(誰かの利得によるチョイス)
우리끼리 치고받고 싸우는 게 무슨 의미
(自分たち同士で殴り合って争うことに何の意味)
창끝은 위를 향하라고
(槍の先は上に向けろってば)

※引用文につけた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6197079

※3
・해대네…(相手に報いる目的でわざと)くってかかる(参考
・어디서 감히…「감히」はしばしば「よくも」とも訳され、相手が自分に対して差し出がましい態度を取った際には「身の程知らずが!」的な捨て台詞的に使われる(参考
ですが今回は前後の文脈からすると、「お前がどこに隠れ息を潜めようと俺がその行動を指摘してやる」という復讐心が発動した皮肉だと思われるので、身の程知らずが、という罵りにはならないのではと思います。
(この「어디서 감히」はRMソロ曲 "All Day" においてもEPIK HIGHのTABLO氏が自身のラップ歌詞に取り入れていますが、そちらもまた「よくも」と訳すよりは「敢えて」とするのが文脈に沿うのではと思います)

※4
・~려고 하다…~しようと思う(参考
・~네…目上に当たる人が使う語尾(参考
・까짓 게(=것이)…大したことない、なんてことない(参考
再度ここでも「감히」が登場します。
歌詞の中のカッコで囲まれた部分は、自分が吐いた暴言を撤回させられる際のアンチの捨て台詞です。厳しい指摘も対象の行く末を思ってのことだったと正当化し、そこまで問題視するような大した内容でもないが仕方なく(敢えて)もう釈明してやるよ、という上から目線のニュアンスがしっくりくると思います。

※5 ~라고…~だと言う、~だって(参考)【命令・依頼等の伝達】
※6 황색언론=イエロー・ジャーナリズム…事実よりも人間の心理に付け込んだ扇情的な内容で支持を得ようとするジャーナリズム(時事問題の報道)。事実をありのままに伝えることを目的とせず、視聴率・発行部数の獲得などに重きを置く。

ネット上に吐き捨てられる言葉たちは、その大部分が無関係なその他大勢の目にも自動的にさらされます。例えそこにトラブルのタネがあったとしても
、余程のことが無い限り自らその渦中に飛び込む真似はしないでしょう。
結果的には「傍観者」となるわけですが、いつ何時も顛末を「見ているだけ」で他人の不幸を笑い続けることが、本当に最善の対応であるかは疑問が残るところです。
そうやって人々に黙殺された結果が人の命を奪うこともあり得るからです。

また厄介なのは、マスコミの報道に対して自分の正義を元に積極的にジャッジを下す人々。当事者にとってはそんな薄っぺらい正義は完全に余計なお世話で、真実を知りもしないくせに何を識者・偽善者ぶっているのだと言いたくもなるでしょう。
閲覧者数稼ぎが目的の操作された見出し文に釣られ、所詮数ある見解の内のひとつでしかない第三者が書いた記事に一喜一憂踊らされた挙句、事実無根の内容を拡散・ひとり歩きさせてしまうこともある。

通信環境が発達し「伝える」ことが容易になったはずなのに、各々の正義が刃先を向け合い一向に言いたいことが伝わらない。光を見いだせない極夜のような世界に、一体何の意味があるのだろうか、と。




「俺たちは何のために闘うのか」
裏を返せば、我々が守るべきものは何なのか。ということでもあるかと思います。
歌詞はこうも問うています。
「全てが汚れたこの世の中で、俺は、あなたは、潔白なのか?」

終わらない闇の中で、何が正しいことなのかをひたすら問い続ける。
"극야" の歌詞を読む機会に恵まれた人は、今一度、己の正義について考えてみるべきなのではないかと思います。



今回も最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
🌃