『ポスト島ぐるみの沖縄戦後史』 古波藏契

 読み終えるまでにめちゃくちゃ!時間がかかりました。そして私にはめちゃくちゃしんどい本でした。でもとっても考えることの多い、大事な本でもありましたので、記録しておきます。
 何というか、沖縄のことを扱いながら、全然〈沖縄〉だけに留まる話ではない深さと広さを持つ本です。これはきっと、著者があとがきで書かれるように、「一般の通読に耐える書物を目指すことにし」てくださったおかげなのだろうと思います。少なくとも、序章から3章にかけてのどの部分が省略されたとしても、不勉強な私には事態の複雑さが掴めなかったと思います。

 これだけ入り組んだ立場・主張の〈物語〉を、ほとんどどの立場にも偏ることなく平明に説明しきるなんて、すごい人だな……と思っていたら、著者はまだ30余歳でした。すごい……。
 50前のおばちゃんとしては「若いのにすごい!」と言いたいところだけど、実はこの世代でないとこの平明さでは書けないのかもしれない、とも思ったり。当事者世代にはまさに当事者としての立場・思い・実体験があるでしょうし、その子ども世代は親を見ているから賛成するにせよ反対するにせよ、やっぱりどうしても生々しい。孫世代ならではの距離感なのかもしれません。

 内容は、タイトルに違わず、沖縄戦後史を扱った本です。ミソは〈ポスト島ぐるみ〉のところ。島ぐるみというのは、1956年に全島を挙げて一斉開催された住民集会のことで、当時、基地建設のために米軍が進めていた土地の強制接収に対して保守・革新などの立場を問わずに住民が反対の意思を示し、米国の沖縄統治方針を変えさせた運動を指します。
 島ぐるみが成功して、米国は統治方針を変え、それ以降は、全島総意の〈島ぐるみ〉的な運動は成立しなくなった。ではこのときに米国・米軍がした方針転換は、島の何を変えたのか。

 基本にあるのは、冷戦構造です。治外法権で沖縄を〈基地の島〉として好き勝手に使いたい、でも住民が反発して共産主義に走られては困る・基地が使えなくなっても困る。ではアメとムチをどの程度・どんなふうに使えば効果的か?
 島ぐるみ以前は完全に島民をナメていて、扱いは奴隷同然、反発したら弾圧一辺倒で押さえつけた。それが島ぐるみでの圧倒的な怒りを見て、態度を変える。事が起こってから対応を考えるのではなく、事を起こさないような文化構造・社会構造に沖縄を変えなければならない。

 その意図のもとで沖縄を〈ムラ社会〉から〈近代的社会〉へと〈進化〉させ、「努力すれば報われる」の価値観へと誘導・教化し、各個人がいい学校⇒いい会社⇒より高いポストを目指すよう〈仕向ける〉。そしてそうなればやがて、周囲の人々は〈連帯すべき同胞〉というより〈出し抜くべき競争相手〉になり、島ぐるみ的な運動自体が成立しなくなる。……。



 現実は、米国・米軍の思惑通りにほぼ進み、沖縄は〈近代化〉された。ムラによる連帯・縛りは減り、自由で民主的で合理的にはなった。この変化に対して、島民は一方的な被害者だったわけではなく、アメリカ側の思惑を自ら進んで利用しにかかる側面もあったし、またアメリカ側も、単純に加害的に〈洗脳〉を狙っただけでなく、過剰に暴力的な対立を避けて生活改善に努めようとした部分もあった。その、両者の思惑が簡単な善悪で分けられないところ・一筋縄ではいかないところ、でもそうは言っても決定的に強者のアメリカが島民を手懐ける意図でもって仕掛けた企みであったことは否定できない事実で、読みながらずっと、苦々しい思いでいました。

 ・アメリカの享楽的な消費文化が広告や映画を通して侵入し、地元の文化を駆逐していく様は、第二次大戦前後を描く英仏の小説なんかを読んでいたらときどき出てきます。派手過ぎて嫌、みたいに言われたり、最新流行ともてはやされていたり、反応に好悪はあるけれどあっという間に広がった感じは伝わる。つまりやっぱりロンドン・パリにおいてさえ、アメリカ文化に憧れる土壌はあったということ。

 ・イギリスのジャーナリスト、オーウェン・ジョーンズが『チャヴ』で書いていたのは、むかしは「労働者階級みんなで生活を良くしようね」という雰囲気だったのが、サッチャー政権以降、「努力してあなたは抜け出せ、成功を目指せ」の傾向が強くなり、労働者階級が、〈個人の努力で脱出すべき階級〉と看做されるようになってから白人労働者階級への差別が公然と行われるようになった、とのこと。この感じはたぶん、アメリカでのトランプさんの支持者増加に通じているのだと思う。――と、こんなこと書いてますが『チャヴ』は、内容がしんどすぎて私は読み通せませんでした…。

 ・パレスチナでは、ユダヤ人居住区との境目の家を銃撃し、その家の住民がやむなく避難している隙にブルドーザーで破壊。更地にして、新しい家を建てて、ユダヤ人の新入居者に提供する。そしてもちろん、パレスチナ人である元の住民は難民になる。イスラエルの領土拡大はそうやって成されるらしいと知ったとき、それはないやろ……呆然としました。でも島ぐるみ当時には基地用地獲得のため、まったくおんなじことが沖縄でされていたと、本書を読んで知りました。

 ・老子は、「いちばん良い政治は統治者の存在を忘れていられる政治」と言っていて、支配者が庶民の生活を邪魔せず、庶民は支配者を気にせずのびのび暮らせるのを最上とした。

 本書で描かれるアメリカの遣り口は、地元の人に寄り添って苦情を聞き、状況が許す限り対応し、信頼を勝ち取る。そしてその信頼は壁になって、人々はその壁の中で、共産主義に走ることない・基地に猛烈に反対することない大勢がつくられる。
 これは、穏やかで良いことなんだろうか、必要悪を踏まえた最上・最善の形なのだろうか。それとも、「必要悪は本当に必要か?」の疑問さえ抱かせない、最悪の状態なのだろうか……。それがどんどんわからなくなる。そしてただただ、どんより重い。たぶんこの難しさは、突き詰めると教育とか子育てにも通じていて、また、集団ができれば必ず問題になる話なのだとも思う。

 沖縄を舞台に、そういったいろいろの経緯がとても丁寧に書かれている点で、まず、私には深い本でした。
 そしてもちろん、米軍基地の成り立ちと現状を考えるには、必読の基本図書だと思います。



 『ポスト島ぐるみの沖縄戦後史』 古波藏契(こはぐら けい)著
 有志舎 2023年

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