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困難校での美術教育実践②〜美術室編〜


 教育困難校。生徒たちは勉強について行けないストレスからの逃避行動で荒れたり無気力になったりしています。
中には発達障害や学習障害そのグレーゾーンで認知機能やワーキングメモリの少なさに課題を抱える生徒も多く、サポートを必要としています。

 他教科よりは多少マシかもと期待して美術を選択してくれた生徒たちに楽しくて「できる」「分かる」授業をしたい。
つまらない躓きで美術に苦手意識を持ってしまっては勿体無い!
スマホを取られた、忘れ物をしてしまった、立ち歩きを咎められた、そんな授業内容と関係のない注意でやる気を無くしたり、時間を使ったりするのは、生徒教員双方にとって不幸なことです。

 今回は、そういった問題の対策となる美術室の工夫を紹介します。

前回(初回)の記事↓



美術は専門教室がある

 授業作りで環境からカスタマイズできることは大きな強みになる。
生活の場の側面も持つ自教室から完全に切り離された空間は、教員の土俵だ。
生徒を誘導する仕組みを作ってしまって迎え撃てば良い。

 また、生徒たちの認識できる範囲に合わせてうまく誘導できないと、勝手のわからない教室で戸惑わせる事になる。
戸惑った生徒は周りの様子を見る為に立ち歩き、他の生徒に話しかけ、あっという間に目的を見失い、他の生徒の集中力を削ぐ要因を作りずるずると授業が崩壊に向かう。

スマホを手放すための仕組み

 教育困難校の自教室でスマホを手放させることは一苦労である。
大抵サッと机の中やカバンの中に隠して、目を離した隙に触り出す。

 美術室を含めたいくつかの専科教室では、こういったスマホ収納ラックを入り口の横に置いて、自分で置くシステムになっており、それがうまく機能していた。
自分で置く”、”教室内の見えるところにある”と抵抗感が少なくなる。
教員が集めたり、隠したり、返却する工程をとってしまうとどうしても”取られる”感覚が強くなってしまう。
教員は生徒のスマホに触らない方が良い。

 開始時に自分で置かず、授業中に触っている生徒を見つけても「今やらなあかんことるなあ。それ置きに行っておいで。」と促すと案外素直に起きにいく。
他の生徒のスマホも並んでいるので、”みんなスマホを置いて授業を受けている”ことが視覚的に分かり、後押しになるのだ。

無くしものをさせない仕組み

 「筆無くなった」「定規無くなった」
勝手に無くなってたまるか!と思うところだが、ワーキングメモリの少ない生徒たちにとっては、本当に認識から消えているのでこの表現は正しい。
多くの生徒がバケツとパレットと筆を洗いに行って、流しに筆を忘れていく。
手を離した瞬間に認識から消えているだけで、「面倒だから置いてきた」わけではない。

 無くなったものが出てくることは稀だ。さらに無くなったものを自分で調達できる生徒も稀だ。
こんなことで授業を中断して時間を使ったり、他の生徒から目を離す隙を作るわけにはいかない。

無くしものをさせたくなければ、生徒の私物を少なくすれば良い。
生徒の私物は教科書とファイルと作品のみ。
絵の具も筆も雑巾も鉛筆も定規も全て共同にして、消耗すればどんどん入れ替える。
無くしものに限らず私物の持ち込みはあらゆるトラブルの種だ。

忘れ物をさせない仕組み

 「前回のプリント無くなった」「教科書無くなった」
勝手に無くなってたまるか!と思うところだが…(以下前項と同じ)
授業前に自分から申告できる生徒は稀で、大体説明を始めてから説明が終わってからぼんやりしている生徒に「プリントは?ある?」と聞いて回る事になる。

忘れ物をさせたくなければ、何も持って帰らせないようにすれば良い。
数少ない私物の、教科書もファイルも作品も持って帰らせない。
1人一段割り振った乾燥棚に纏めてしまうようにすれば「棚に取りに行きな。」の一言で済むのだ。
棚の管理すらままならない生徒も多いが、教室や家に持って帰られるより余程マシだ。
目の届く範囲なのだから、教員が整理整頓を手助けすることもできる。

筆箱一つ持って来れば良いという状態はメリットが多い。
持ってくるものが少ないという事は、美術室への忘れ物も少なくなる。
また、余計なものを持って来づらくもなり、前述のスマホを手放す事にもプラスに働く。隠して安全に置いておけるカバンが無いのだもの。

片付けられる仕組み

 まず、物を渡さない。無くしもの忘れ物から繰り返しになるが、生徒のワーキングメモリを圧迫しない。
各自が必要なものを自分で認識して取りに来れる仕組み作りをする。
自分で取りに行ったものなら配られるより意識しやすく、片付ける場所も分かるからだ。

今、何が必要で、どこにあるのか認識しやすく示す工夫をする。
デザインの心得のある美術教員なら得意とする分野だろう。

 その日の作業で使う道具は毎回箱(準備室の引き出し)ごと教卓に出す。
箱にはそれぞれ道具の名前と簡単なイラストを描いたラベルを貼る。
作業工程の順番に並べられていることが望ましい。
黒板の作業工程解説が横書きなら左から右へ、縦書きなら右から左へ並べると感覚的にわかりやすい。

 説明する時には一つ一つ手に取って掲げてみせる。
教卓にあるからといって横着してはいけない。
生徒がその道具を手に取るであろう位置に立って説明する。
定位置が教卓でない雑巾や新聞紙なども、その位置に行って立って説明する。
生徒の顔が向いていなければ「見とかんで大丈夫か?道具の場所確認してるよ。説明終わったら作業始めるで困るよ〜」と呼びかける。
これを毎時間、作業を始める前に行う。

 生徒は黒板に書かれた作業工程と照らし合わせながら、必要なものを持っていく。
教卓周辺に教員がいるタイミングならば、生徒も確認ができるし、教員も進捗を把握できる。
「先生に聞きにいく」よりも「道具取りに行くついでに先生に確認する」方が気持ち的な負担が軽くなる。


 今回は美術室のシステム的な工夫についての実践をまとめました。
次回以降も、配布物編、鑑賞授業編、表現授業編といった具合で全5回ほどで実践の記録と成果を記事にまとめていく予定です。
あくまで一例とはなりますが何かしらのお役に立てる事を願っています。

シリーズの記事↓


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