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紫式部に近づきたい 結婚(2)

結婚(1)では、藤原宣孝からの求婚に、ツンツンしながらも、まめに和歌を返していた紫式部。

その後も手紙のやりとりを続けたらしく、二人がかなりうちとけてきたところで、とつぜん怒っています。ほんとうに怒ると手紙なんて書かずに、使者に口頭で伝えさせるのですね。

(三二)

ーー私からの手紙をほかの人たちに見せたと聞いて、「今まで送った手紙を集めて返さなければ、返事は書きません」と使いの者に口上だけで伝えさせたところ、「全部返すよ」と言って、ひどく恨みがましかったので。一月十日ごろのことだった

閉ぢたりし うへの薄氷うすらひ 解けながら さは絶えねとや 山のした水
▼凍っていた水面の薄氷は解けたというのに、それでは絶えてしまえというのですか、山のした水のようにひそかに通わせていた私たちの愛情も。
ーーーーーー

でも〈私たちの関係が壊れてもいいの?〉と、ちょっと宣孝の機嫌をとっていますよ。

(三三)

ーー私の歌になだめられて、とても暗くなったのに、寄こした

東風こちかぜに 解くるばかりを 底見ゆる 石間いしまの水は 絶えば絶えなん
▽春風でいまにも解けそうだったのに、底が見える石間の水のように、あなたが浅い心で、もし交わりを絶つというなら絶ってもかまわない。
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ああ、宣孝がすねている。

(三四)

ーー「もうこうなったら連絡しません」と腹を立てているので、笑って、返事

言ひ絶えば さこそは絶えめ なにかその みはらの池を つつみしもせん
▼交わりを絶つと言うのなら、そうね絶ちましょう。そのみはらの池ならぬ、はらの中のいらだちに遠慮などするものですか。
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売り言葉に買い言葉、〈わかった別れる〉と笑って宣言しています。笑って、ということは、本気で別れようと思っているわけではないのか。

(三五)

ーー夜中ごろに、また

たけからぬ 人かずなみは わきかへり みはらの池に 立てどかひなし
▽勇ましくもなく、取るに足りない私は、いきり立って、みはらの池に波を立てるように、はらを立てても、何の効果もありませんでした。
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ついに宣孝が降参しました。

手紙の回し読み

手紙をみんなで回し読みすることは、宮中ではわりと普通におこなわれたようです。『枕草子』では、〈私(清少納言)の手紙を貴族たちがみんなで読んで、大騒ぎしてました、ウフッ〉という場面がいくつも書かれています。

宣孝に悪気があったわけではなく、自分はこんなに機知に富んだ手紙を書ける人と付き合っているんだぜ、と自慢したかっただけだったのかも。

でも、紫式部はまだ宮中に出仕する前。そんな習慣など知らなかったので、プライバシーの侵害よと、大騒ぎしたのではないでしょうか。

紫式部が家集を編集するのは晩年になってから。そのころは、すでに宮中でじゅうぶん経験を積んだあとなので、さてさて、どんな気持ちで三二~三五番の和歌を読み返したのでしょうか。

「雨降って地固まる」 その後二人は、いっしょに庭などをながめながら、いい感じの和歌の贈答をしています。 

(三六・三七)

ーー桜を瓶にさして見ると、すぐに散ったので、桃の花のほうを見て

折りて見ば 近まさりせよ 桃の花 思ひぐまなき 桜惜しまじ
▼折り取って近くで見るほうが、遠くから見るよりもまさっていてね、桃の花よ。私は思いやりの足りない桜を惜しんだりしないつもりよ。

ーー返事

ももといふ 名もあるものを ときの間に 散る桜にも 思ひおとさじ
▽桃には百(もも)という名も含まれているのだなあ。わずかの間に散る桜と比べて軽く見たりはしないよ。
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桜のようにはなやかではないけど、桃もわるくないでしょ、そうだねえ、というやりとり。すごく仲良くなっているではないですか。ーーつづく

2024年1月12日記

■これまでに紹介した歌
女ともだち(1) 紫式部集 1、2、6、7番
女ともだち(2) 紫式部集 8、9、10、11、12番
女ともだち(3) 紫式部集 15、16、17、18、19、39番
結婚(1)    紫式部集 28、29、30、31番
結婚(3)    紫式部集 3、4番 枕草子 あはれなるもの


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