それでもぼくはシャーをする。
おかしい。
どう考えてもおかしい。
ポテチが好きすぎる。
+
「30歳を越えたらポテチ食べるのがしんどくなるよ!」
「わかる〜!」
かつて中居くんがテレビで高らかにそう言ってたから、いつかその日が来るもんだと信じていた。
「袋の口しばってそのまま忘れちゃうんだよね!」
なるほど。
こんなに大好きなポテチでも、寄る年波には勝てないのか。現役時代、圧倒的な寄り切りで勝ち続けた貴乃花並みにぐいぐいと攻めてくるに違いない。
この時すでに20代後半、まさに土俵際である。
いつか袋の口をしばる時が来る。
波が来たら逆らえないのだ。
来てしまうんだ。
来るんだ。
来い。
………。
パリッ。
おかしい。
3年が過ぎた。
しんどくならない。
むしろ年々好きになっている。
ポテトチップスが大好きです。嘘じゃないっす。
プリングルス期
思えば、ポテチが好きになったのは高校入学の春。
忘れもしない、下北沢のドラッグストアで手に取ったプリングルスサワークリームオニオンから始まった。
上京したてで浮ついていて、目に映るすべてが新鮮な輝きだった頃。
いつか入るんだろうかと見上げる美容室。よくわからない雑貨屋。サイズすらつかめない服屋、というか服屋なのここ?何売ってるのかすらわからない。なんだこの街。
そんな未知のジャングルにも、安息の地はある。だいたいわかる、見知った商品だけが置いてあるオアシス。
コンビニとドラッグストアだ。
ここなら、ユニクロ未満の素材ママ少年でもゆっくり息ができる。ありがたい。
帰り際に立ち寄ったドラッグストアで、その日ぼくは出会った。出会ってしまった。
サワーでクリームでオニオン。
なにこれ。
まったく味が想像つかない。
その緑の筒を引っ掴むようにしてレジに向かい、いそいそと家に帰る。蓋を取り、謎の銀紙を開け、じれったいなもう!と思いながら、滑り出てきた一枚を口に運ぶ。
パリッ。
ぼくはそのしょっぱあま風味抜けオニオンに魅了された。めっちゃうまい。
そして何より、ぜんぶひとりで食べるのがよかった。
実家にいたときは、別に分けなきゃいけない決まりはないのになんだか心地わるい気がして分けたり、ちょっと残したりしていた。
根が気にしいなのだ。
気になってしかたない。
「あいつ、ぜんぶ食べたぜ!」
誰もそんなこと思わないのに、そう思われると思ってしまう業。
しかし、ひとりになった今。
だれにも気を置くことはない。
業は去ったGOだ。
気がつくと筒は空になっていた。指にほんのり残る香ばしさが愛おしい。
それからひとりじめに味をしめたぼくは、めちゃくちゃプリングルスを食べた。サワークリームオニオン、バーベキュー、チーズ、オリジナル。やっぱりサワークリームオニオン。つなげたらツインバスターライフルくらいの長さ食べた。たぶん。
+
しかし、そんな熱もある日突然終わりを告げる。
部屋に散乱したサイコガンの残骸を眺めながらハサミを握りしめてつぶやく。
「分別めんどくせぇ……。」
この世で一番うまい筒であるプリングルスにも唯一無二の弱点があった。アキレスのアキレス腱。弁慶の泣き所。肩のうしろの2本のツノのまんなかのトサカの下のウロコの右。
そう、分別がすんごくめんどくさいのだ。
一個にプラと紙と缶が全部盛りのアメリカンスタイルは、ひとり暮らし初心者の手に余った。まじでめんどくさかった。(何個も溜めた自分は棚の上に置いて)
こうしてプリングルスとは距離を置いた。人の夢は儚い。熱はわりとすぐに冷める。この世の真実をひとつ知った15の夜だった。
シャー期
食べ切るのが好きだ。
最後まで食べることで得られる、たしかなまんぞく。そのために食べているのかもしれない。
プリングルスと距離を置いたぼくは順調に袋のポテチを貪っていった。
ポテチはいい。
いつだってコンビニに行けば新しい味に出会えるし、辛くなったらカルビーうす塩と湖池屋ののり塩がかわりばんこに慰めてくれた。いいやつだ。いつだってそばにいてくれる。
アメリカンなハイスクールライフに憧れてランチにポテチとアップル一個をパリついてたら、担任から「ちゃんと食えてるのか……?」とガチで心配されたりもしたけれど、その時ものり塩だった。
恋に破れた夜も、試験勉強のときも、バンドに明け暮れたあの日々もぜんぶポテチと共にあった。
+
ポテチの最後はシャーで終わる。
けっしてお行儀よくないのだけど、袋から口にダイレクトに最後の一片をスライドインさせる。
いつか映画でみたような、ダイナミックな雑さ。そんな人間になりたい気持ちの表象。
シャーするごとに満たされるぼくのこころ。ポテチはいつも、たしかなまんぞくで答えてくれた。
+
20代で出会った恋人は食の好みが全然合わなかくて、ポテチを買うときお互い好きな味を買うストロングスタイルを貫いていた。
ぼくはのり塩。
彼女はコンソメ。
映画を観ながら、バラエティを観ながら、漫画を詠みながら、いつまでも飽きずに何度なく夜をパリついて過ごした。ちょっとずつ交換して、あとは好きな味を食べる。たしかなまんぞく。
「シャーしていいよ。」
いつしかシャーはぼくだけのものではなく、彼女の世界でも市民権を得ていた。シャーはいい。たしかなまんぞく。
+
月日が経ち、結婚して20代後半に入っても変わらずポテチが好きだった。
あまりに好きに食べ尽くすので、ある日見かねた妻が小分けの袋を買ってくる。
なるほど、その作戦があったか。
少し割高だけど、背に腹は変えられない。そのうち背がなくなる危機なのだ。受け入れよう。
ひと袋食べる。シャー。
もうひと袋ならいいよね?シャー。
これで最後にする。シャー。
…………。
あの手この手でいろんなところに小袋を隠すのだけど、ポテチ欲の前には歯が立たない。第3新東京市くらいたやすく突破される。
「6回シャーしたね……。」
呆れた妻が横でつぶやいた。
あの頃から、ぼくと君とポテチは変わらず今もシャーしている。
こそこそ期
お菓子の袋はすごい。
だれがどう見てもお菓子に見えるからだ。
子供が生まれて、お菓子にも気を遣わなければならなくなった。
例えば、3歳の息子は名探偵なのだ。
朝ふいにゴミ箱を開けて、
「これなに?いつたべたの?!」と笑顔で詰問してくる。まじでこわい。恐るべし嗅覚と本能。
「それは……洗剤……だよ……。」
「?????」
これっぽっちも納得いただけてない。お菓子の袋は、だれがどう見てもお菓子に見えるから。日本の企業努力には頭が下がるので、いつもありがとうございます。そのまま翌朝には洗剤に見えるパッケージ開発もお願いします。
子どもの前でシャーするわけにもいかず、時々、いや正直に言うと夜な夜な、寝かしつけのあとポテチを食べている。こそこそパリパリしている。
こそこそ……。
うまい……。パリパリ。
いや、めっちゃうまい。
3割うまい。とまらん。
倍率ドンのさらに倍くらい脳に刺さるうまさ。
人はダメと言われるとやりたくなる。それをカリギュラ効果と呼ぶ。そして、やったときの僥倖たるや。背徳感に塩味を添えて。カリギュラ効果ならぬパリギュラ効果が過ぎる。
うまい。
パリパリ。
空腹の次に並ぶスパイスはこそこそだったのだ。この世の真実をひとつ知った30の夜だった。
ぼくとパリパリのこれから
最近さすがにやばいかもという気がして、体脂肪率とBMIを測った。うちにある体重計で測ったのだけど、測れるのを知らなかった。
「えっ、うちで測れるよ……?」
健康に疎いままこの歳まで来てしまった。
パリつくごとにぷよつく下腹部が憎い。こんちくしょう。
年齢と身長もろもろを設定して体重計に恐る恐る足をかける。ひんやりとした温度が足の裏を伝って心もヒヤッとさせる。
ピピッ。
体脂肪率。
標準。
BMI。
標準。
……ふう。
しかし測り終えた瞬間よぎったのは、
よかった〜……という安堵ではなく、
「まだいけるな」
だった。
ああ、もうここまで来たら腹をくくろうと思う。来たるべきその日まで、これからもパリついた日々を重ねていきたい。体力気力、胃腸の限界まで。いつかもうダメかもという日が来るかもしれない。でも好きだ。ありがとうパリパリ。これからもよろしく。
シャー。
待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ あ、ああ……あー!ありがとうございます!!