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ぽっかり休日。

結婚記念日を有休にしていた。
毎年記念日はお義母さんに子どもを預かってもらい、ふたりでご飯を食べたり映画を観たりする。ありがたい。

迎えた当日、家族を送り出す。もちろんパートナーも仕事である。やっちまった。
そういえば、少し前にお義母さんの都合もあって今年は記念日のあとの日曜日に出掛けようとなっていたのだ。すっかり忘れていた。

ぽっかり休日。
どうしよう。

家事雑事をやっつけ、めんどくさがっていたクリーニングに出しにもいって一息つく。ソファに転がりたくなり、読みかけの本を探したが見つからない。

そうだ、先週は特に忙しかった。
週末金曜日に仕事で大きめのイベント運営があり、準備も大詰め。これはわたしの治したい癖なのだけど、仕事でメモリがいっぱいになると生活のちょっとしたことにポカが増える。きちんと区分けができないのだ。
月火水木、毎朝読みかけの本を通勤でめくり、そのままデスクの書架の脇に置いて来た。4×のズボラ。忙しさのしわ寄せが、縦積みで置きっぱなしになっている。

なんとなく新しい本には手が伸びず、さてどうしようか……。絶妙な暇加減だ。遠出は難しい。映画は、今から出ると時間が合わない。

いつから、こんなに暇が下手になったのだろう。ふいに自分の時間ができると、何をしていいかわからない。どれを選ぶのにも体力を使うのだ。最近、暇を上手に乗りこなせてない気がする。
このままタイムラインをダラダラ流したり、ネットフリックスの目次だけフラフラして一日が終わる予感がする。まずい。まずいぞ。

いったんスマホを置いて、息を吸う。暇はうれしいが、暇に遊ばれるのは嫌だ。
なんていうか、こう……もっと有意義に暇したい。



よし、とりあえず移動しよう。
振り切らなくてはならない。
なにを?
なにかを。

取り急ぎ定期をピッ。西武線に揺られて池袋方面へ出る。通勤時間も過ぎて、朝と昼のすき間の電車は乗車もまだらだ。まるまる空いてるのに、どうしても端っこに座る。ドンッと真ん中に腰掛ける人生って、どんな気分なんだろう。
ななめにぼんやりを車窓の先を眺めながら、タイムリミットもゴールもなしのまま移動していく。同じような駅のホームが続いて、覗き込むようにホームの案内を探す。

長らく西武線沿線に住んでいるのに、いつまで経ってもこうである。

そばだ。池袋の手前で急に思い立ち、慌てて椎名町で降りた。何年か前に友人の演劇を観に来たときに食べた南天の肉そば。それだ。ほろほろではなく、しっかりしたお肉。クセのない脂身。ネギに七味、すべてを受け止め、それでいて意外にもあっさり系のおつゆ。たしか当時はワンコイン500円だったと思うけど、今はいくらだろう。

(気のせいかもしれないが)電車のドアが空いた瞬間、お出汁と肉汁が香った気がして、駆け出すようにホームに出る。

南天、お前だったのか。今日の目的地は。

いつもならついでに行く場所を目的地にすると、一気にたのしくなる。そわそわ、ふふふ。テンションがチリチリと燃えて鼓動が早まる。いいね。決まった。

もしかしたらほんとうに香るくらい、南天は駅近である。徒歩1分、「肉そばください」、即着丼。最速で「肉そば、どうぞ」がくる。
まだお昼前だったから、かなり空いていた。並び4人立ったら満席、趣ある立ち食いそば屋さん。本日はここを山頂とする!いただきます。

変わらずうまい。変わらず500円だった。
ここだけ時が止まっている……!うまい。
大盛りはないけど、おかわりはどれを頼んでも300円。
隣のお兄さんが肉そばからのカレーうどんいっていた。
ここだけ世界がバグっている。最高。

ずずずっと肉そばを堪能して、満足満足。
振り返り、一歩軒を出ると、ぱらり小雨が。

ふふふ、もう遅いのだ。

残念だったな、暇よ。
我、目的は達した。

暇に勝ち越して、いい気分である。
さて、帰ろう。
ごちそうさまでした。

おわり。

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