自分じゃ選ばないタイプのお寿司。
なるべく、自分のペースを守りたいほうである。
思えば30数年間、冒険控えめ保守的スタイルの歩幅で生きてきた。マックはチーズバーガーの一択。サイゼリアにいけば、ミラノ風ドリアかペペロンチーノを食し、年中ユニクロ定番を身に纏い、なるべく変化がないほうを選んでは安心していた。
しかし、最近といったらどうだろう。
子育てがはじまってからというもの、ぐるり360度ぐるぐる振り回されっぱなしの毎日である。
でも、その小さな手で振り回されたぶん。ちょっとずつ、想像していなかった未来へ飛んでいくのだ。
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人生の軌道が大きく変わるイベントのひとつとして、子の誕生がある。
映画『のび太の結婚前夜』でしずかちゃんのパパは、こどもの産声を天使のラッパのようだったと言っていた。わたしもそう思う。
長男が生まれたときも、次男が生まれたときも、それは高らかに鳴り響いた。そして気がつくと、そのままラッパはいきおい第3部に突入し、毎日が天国と地獄の様相と化している。
いつ何時でも、油断すると「その小さなスペースでいける!?」と隙あらば走り回っているし、親の気持ちは2倍速で進んでいく。
あっちもそっちも右往左往。地面スレスレ、転ばぬ先の杖が品切れです。そんなデフォルト小走りの日々にいる。
オギャーと生まれて、今やギャーギャー。
まさにギャーとしか言い表せないようなにぎやかな毎日。元気玉が服着てしゃべってるようなもので、ありあまるエネルギーはものの1分でトラブルを巻き起こし、まさかそんな切り口で!?といった角度(例えばお祭りでもらった風船のしぼみ具合がどっちがすごいとか)からケンカしたり、そう思ったらギャハハと笑いあったりしている。なんだそれ。情緒だいじょぶそ?
ときどきほんとに全然言うこと聞いてくれなくて(まじで物理的に耳に届いていない)スーパーサイヤ人が爆誕しそうになるけれど、ありがたいことにそれ以外は元気100倍、健康でおおむねたのしい日々だ。ありがてぇ……!!
しかし、なかでも日曜日は特に注意されたしである。古今東西、赤は気をつけろの合図なわけで、名探偵コナンは毎週土曜日放映だが、子育てにおける日曜日はだいたい事件の香りがするのだ。
赤信号、子どもは急に止まれない。
なにせ歩く元気玉ぞ?
何も起こらないわけがない。
そう。その日、事件はリビングからはじまった。
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日曜日、長男は早起きをする。
世の小学生と同じく、マインクラフトにどハマりしている彼は休日早起きをしてめいいっぱいゲームをするのを至上のたのしみとしている。ふだんは弟に邪魔されちゃうからね。
「パパ、おきて……!下(リビング)いこう……!」
ひそひそ声で起こされた朝6時30分。
よろよろとリビングにいき、パジャマのままソファになだれ込む。その体、まるで眠りの小五郎だ。一方、ウキウキとSwitchを起動した長男は真剣な眼差しでゲームをはじめる。1分1秒無駄にしたくないスタイルである。
四角いブロックが壊されたり積み上げられたり、積み上げられたり壊さたり、繰り返し繰り返しなにかができたりできなかったりする様子をぼーっと眺める。長男はものすごく集中していて、あーでもないこーでもないとブツブツつぶやきながら、どんどん世界を創っていく。
眠りの小五郎のまま、ゲーム画面を見ながらうとうとしているとパートナーも次男もぞくぞくと起きてきて、着替えて朝ごはんを食べる。時刻は9時。ふと見ると、長男が耳をしきりにいじっていた。そういえばマイクラやってるときもいじってた気がする。
「ちょっと耳、見せてみ?」
……いる。
気軽に覗き込んだ奥、ヤツがいた。なんか白い、謎のかたまり。なにこれ。
長男は以前、なぜか耳に消しゴムが入っていたことがある。その時は自分で入れちゃったということで決着したのだけど、今回は2回目である。
覚えがないか聞いても「よくわからない」「おぼえてない」らしい。ほんとに?と食い下がって聞いても「しらない!」と怒ってしまった。
いたずら……?
もしかして、いじめ的な……??
いや、今回も自分で……???
いろんな疑問が湧いてくるけど、そのあたりは後日担任の先生にも相談するとして……。とにかく、いま目の前の耳の奥をなんとかしなくてはならない。
前に耳鼻科で取ってもらったときも「鼓膜を傷つけてしまったり癒着すると大変なので、なるべく早く取ったほうがいい」と言われていた。素人目にもそう思う。いや、耳か。
早急に、なんとかしなければならない。
連休中日の日曜日で、市内の耳鼻科はやっていなかった。隣の市も全滅。範囲を広げていくと、隣の隣の市にある耳鼻科がヒットした。WEB予約を受け付けていたので、とりあえず予約する。
予約はできたが、初診の場合は受付終了の30分前までには来院する必要があるらしい。
時計を見る。時間的にはギリギリだ。
まじか。とにかく慌てて準備だ。長男次男を急かし、必要そうなものをリュックに投げ込み、水筒に麦茶を注ぐ。
「これ、持っていきな」
Switch、お菓子、タブレット。別の用事があるパートナーは、RPGの良キャラ、桃太郎のおばあさんばりに必要そうなものを迅速にこしらえて渡してくれた。三種の神器。その手際、さすがである。
7つの海より2つの市。いけるか?限界を超えていけ。ありったけの元気をかき集めて、漕ぎ出す。いざいかん……チャリで。
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昔は犯人に対峙するかっこいいコナンや、頭が切れるイケメン新一。ときどき大人の渋みを醸し出すおっちゃんになりたかった。
でもいまは、蘭姉ちゃんになりたい。
「うおぉぉぉおおおお!!!!」
ほんとに時間的にギリの見込みだ。小学校のグラウンドでは少年野球の声が響いていた。この間まで工事中だったはま寿司がオープンしていた。その横を、交通法規が許す限り全力で駆け抜けていく。
唐突にはじまったタイムアタック。しかし、電動チャリでも遠いもんは遠い。なにせ前後合わせて30kgオーバーが乗っているのだ。すべてが重い。
30代も後半に差し掛かり、ほとんどの問題は筋肉が解決するフェーズに達しているのかもしれない。鍛えておけばよかった。ってか蘭って、あれで全国制覇してないんだっけ?やばすぎだろ。
息切れを妄想で散らしつつ、「ラーーーン!!!」が効いたのか、なんとか時間までに病院にたどり着いた。奇跡は筋肉がつくる。ありがとう、蘭姉ちゃん……!!
「問診表に記入をお願いします」
「ゼェッッ……。ゼェッッ……。わかりました……、、」
「あと、受付してもお呼び出しまでは少しあるのでお待ちいただくかと思います」
「なんとしても……、今日……。診てもらえればいいんで……!!!」
「なるべく早く診てもらったほうがいいと言われていたんで」的なことを伝えたかったのだが、まったく伝えられた自信がない。
基本的に予約の方が優先で(あたりまえだ)、WEB予約の人が来院していなかったりタイミングがあればそこで早めに診てもらえるかもらしい。
呼吸を整えながら、問診表の「今日はどうされましたか?」に「耳に消しゴム」と書いた。
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ぜんぜん調べずに急ぎ来たけれど、めちゃくちゃいい病院だった。スタッフの方もやさしくて、説明はわかりやすく、待合室は広かった。キッズスペースもある。ありがたい。
たまたま他にこどもの受診待ちの方がいなかったので、キッズスペースをゆったり使わせてもらった。三種の神器がすこぶる効く。長男は相変わらずマイクラで世界を創造したり破壊したりしていた。次男はそこでかかっていたおさるのジョージに夢中。そうこうしているうちに小一時間が経ち、〇〇さーんと呼び出される。
「はい!!!」
急いで次男に靴を履かせたり、荷物をまとめているうちにスタスタと長男は診察室に入っていく。えっ、オィィイイイ!ありがたいけど、なんていうか、病院とかお医者さんとか怖くないすか??人生2周目すか???慌てて次男を抱えて診察室へ入ると、すでに長男は大人しく診察用の椅子にちょこんと腰掛けていた。まじすか。
「あれ、こっちの耳じゃないかな」
CCDカメラで観てみても、特に何もないらしい。あれ?どっちだったっけ?念のため、反対の耳も診てもらう。
「うーん、特になんにもないね」
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特になんにもないね。
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いやもう、消しゴムマジック!!!!
……と叫ばなかった自分を褒めてあげたい。ギリギリだった。(こころの中で)姿勢は限りなくOTLのまま、えっ、ないですかー!?朝はありましたけどーーー!!???とブラジルへ向けて唱えまくっていたが、現実ではなんて言っていいかわからず、あいまいにヘラヘラとなんだかよくわからない表情のわたしに、
「いやぁ、でもなんにもないのが一番ですよ」
……と先生がフォローしてくれた。続けて「そうですよ!」「よかったですね!」「お大事に!」と看護師さんズも追撃してくる。当の長男は、なに食わぬ顔でどこ吹く風だ。大人しく受診できたのを褒められて、ピースサインすら掲げている。
「いやぁ、ははは。ありがとうございました」
張り付き笑顔で乗り切り、お世話になりました……!と、そそくさ退散。
もちろん処方もなく、そのまましばらく待機してお会計を済ませた。
「お大事に〜!」にも上手く答えられず、狐につままれたような心持ちで病院を出る。
なんだったんだろう、この時間……。
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帰り道、HPゼロではま寿司に立ち寄った。
事件は迷宮入りていうか、事件ごと消し飛んだわけですけども、とにかくお腹は空いた。長男はお魚好き、次男はラーメンならとりあえず食べる。ほかにもみんな大好きポテトやからあげの定番メニューもある回転寿司は、現代のポケセン。たいてい大きな通りにはあるし、ほんとにありがたい存在だ。
起き抜けから、やっと一息ついたような気がする。直角の椅子にどっと重い体を預けた。汗ばむ体に冷えた水が効く。
遅い昼ごはんということもあって2人とも食いつきがよく、どんどんお皿を積み上げていった。長男は、慣れた手つきで興味津々にネタを選んで頼んでいった。
「パパ、これおいしいよ!たべてみな!」
……あ、きた。
子育てのなかで、ときどきこんなふうに時間の流れがぎゅっと凝縮されたような、目の前の出来事が信じられない瞬間がある。
片手に収まるくらい小さかったあの時には考えられなかった未来が今ある、という嘘みたいな感覚。
たったの数年で、めちゃくちゃおっきくなったなぁ……。ついこの間まで、ひとりで2人をごはんに連れ出すなんて不可能だと思ってた。でも、こうしてふつうになっていくのだ。
目の前で2人が笑い、ギャーギャーと騒がしい店内にもうひと声、ひと騒ぎを加えている。
あんなにフニャフニャしてたのが、いまや箸で寿司食ってるのだ。次男もラーメンを食べてゴキゲン。ついこの間までせっせと離乳食をつくってた気がするのに。
なるべく元気で、ずっと健康でいてくれ。
たのしいを、たくさん見つけてくれ。
ケンカしてもいいから、仲直りしてくれ。
あと、できれば消しゴムは耳に入れないでくれ。
「ありがと!食べてみるね」
サビ抜き半シャリの、自分じゃ絶対に選ばないタイプのお寿司をほおばり、またひとつ知らない未来を噛み締める。
……ムムッ、意外にも、美味ッッ……!
その後もタッチパネルがたのしくてあれもこれも頼んだら、案の定残ったお寿司はわたしが食べる羽目になった。積み上げられし、炭水化物の踊り食い。タイムアタックの次は、フードファイトのゴングが鳴ったらしい。
よくわからない謎の時間も、食べたことないお寿司も。決して自分では得られないたぐいのものである。
ああ、子に振り回される毎日。
でも、振り回されるのも悪くないのだ。
自分ひとりでは想像もしなかった未来に、いま生きている。こころもお腹も毎日はち切れそうである。
おわり。