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ショートショート「フィルム」

大学の最寄り駅に、駅ビルから改札に向かう通路にちょっとしたギャラリーコーナーがあった。地域のおじいちゃんおばあちゃんが撮った写真が展示されたり、近くの芸大とか専門学校の作品が飾られたりしている。たぶん今もあると思う。人通りも多い場所だから、あんまり立ち止まる人もいないのだけど、バイトで遅くなったときなんかは、ときどき見て帰ってた。当時、私も大学で写真サークルに入ってて、そのサークルもときどき展示してた。

そこに毎回、気になる名前があった。

ベビーカー押しながら手を繋いで横断歩道を渡る母娘とか、古い喫茶店でコーヒー飲むおじいちゃんとか。たしか、そんな写真だったと思う。写真のことよくわからんし(一眼レフ持ってる可愛い女の子になりたくて入った)、私大の遊びサークルだったから結局たいして撮ってないんだけど。なんか気になって大学の名前とかで検索してみたけど、見つからなかった。まあ、見つかってもなにするんだろって感じだった。今ほどネットとかアプリとかSNSの出会いが身近じゃなかったし、恥ずかしかったし、ただなんとなく興味で調べてみただけ。

その大学は季節ごとに展示をしてるっぽかった。いつから意識して見てたかは覚えてないんだけど、その後大学3年の夏に冷蔵庫が壊れた。上京するときに買ってもらった新生活セットみたいなやつで、あんまり気に入ってなかったし、海外ドラマに出てくるような丸っこいレトロな冷蔵庫に憧れていた私は、後輩に車を出してもらって、近くのリサイクルショップであたりをつけておいたやつに買い替えた。ミントブルーの見た目は100点で、コンセントを挿したら音も100点のめっちゃうるさい冷蔵庫だった。お兄さんに会計してもらってるとき、レジの横の箱を見たらカメラがたくさん積まれてた。古い可愛いデザインでインテリアに使えそうなのとか、昔父が使ってたような感じのやつとか、乱雑に放り込まれてる。「それ、ジャンク品だから千円でいいよ」の一言もあって、テンションが上がってた私はついでにそれらも買って持ち帰った。

いくつかのカメラはフィルムが入ったままで、現像してみたらもうダメになっていたのか赤いすじが入ったり緑色に変色したりしていた。ただ、一枚だけおじいさんと小さい男の子が写ってる写真がその古い感じもなんとなく作品っぽい感じに仕上がっていて、いいじゃんこれ!って感じ。ちょうど就活する直前の最後の展示にその写真を出してみた。(今だったらアウトだきっと)

しばらくして、就活忙しくて展示のことなんか忘れてた頃。mixiでメッセージが届いた。

「突然すみません。○○大学の写真サークルの方ですよね?○駅に古いフィルムの写真出してたの、えりこ(当時のmixiネームだ)さんですか?」

なんだこいつ?変な名前。mixiはときどきこんな感じのナンパ?がきてた。忙しいし、めんどくさくてそのまま放置してたら、数日経ってまたメッセージがきた。

「何度もすみません。僕、○○っていいます。」

……えっ、嘘。まじ?

「すみません、ちょっと就活忙しくてメッセージ見逃してました!」速攻でメッセージを返す。あの、写真展の彼だった。聞くと、去年、彼の祖父が亡くなって、親戚が祖父が趣味で使ってたカメラを処分してしまったらしい。あの写真に写ってるの、彼と祖父だそうだ。

本棚の上に置きっぱなしの写真をジャンプして取って見返すと、へぇ〜こんな顔してたんだ。写真、おじいちゃんの影響で始めたのかな。このまま成長して、大学生になって、……と、想像してみる。

「そうなんですね。今度カメラ、お返しします。ご都合つくの、いつ頃がいいですか?」

あの冷蔵庫、大事に使ってたけど、やっぱり壊れちゃって、でかい冷蔵庫に買い替えた。気に入ってたけど、うるさかったし。今度はちゃんと機能とか見て選んだ。横にマグネットで緑色の写真をつけていたら、ある日息子が「ママ、あれだれー?」って聞いてきて、それパパって言ってもぽかんとしてて可笑しい。懐かしくなって思い出した。

「俺たちってさ、じいちゃんが出会わせてくれたみたいだよなぁ」

たしかにそうかも。天国のおじいちゃん、ありがとうございます、と心の中で手を合わす。
だけど、出会う前から知ってたよ?ってこと、夫はまだ知らない、たぶん。

待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ あ、ああ……あー!ありがとうございます!!