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ぼくたちの間にはプレステがあった。

この世で最も慎重に取り扱わなければならないのは、スーファミのカセットだった。

ロマサガ3
聖剣伝説3
バハムートラグーン
星のカービィ スーパーDX
etc...

当時、テレビの横は火薬庫だった。どこの家でもそうだったと思う。ぼくたちは「セーブデータが消える」という爆弾を小脇に抱えながら、危険な毎日を生きていた。

映画スピードさながらの時限爆弾仕様。スーファミのカセットは、少しでも衝撃を与えたらセーブデータが消える。情け容赦ない。一切の余地などない。ノータイムで、消えるのである。
金時計はついてないけど、製作者の嫌がらせか!ってくらい、完璧な爆弾だ。一瞬の油断、猫の額ほどの衝撃だって許されない。だから、猫のいる家でスーファミはやらない。しかも時間のかかるロープレほど消えやすい(私調べ)から尚更たちが悪い。ほんと、思い出しても冷や汗が出る。スーパーDXと聖剣伝説3を起点とした兄弟大戦争は歴史に残る戦いだった。今思い出しても泣ける。

このままでは未来永劫、兄貴とは分かり合えない。断裂する兄弟の絆。だって、消えた章は永久に帰ってこないのだ。絶対に。

そんな冷戦構造一触即発メガンテばくだんいわだったぼくたち兄弟に、ある日、一筋の光明が差す。

そう。プレイステーションの登場である。

それがどういうことか。当時を知る人にしかわかるまい。そうです。プレイステーションは、メモリーカード式だったのです。
さっきから繰り返してるように、プレステ前のゲームは、とにかく消える。とにかくすぐに消えてしまう。でも、プレステは消えない。消えないのだ。メモカすごい!メモの力。偉大なソニー。15ブロックの救済に激震が走った。まさに、世紀の大発明である。

プレステの導入のおかげで、ゲーム家庭におけるゲームに起因する兄弟ゲンカのうち、80%は抑止された。各地の紛争、冷戦、戦争、兄弟ゲンカを片っ端から解消していく様は、まるでゲーム界のボブマーリィだ。セーブが消えない。だから、争わない。ジョンレノンも90度でうなづく納得の効用。
ソフト単品もスーファミに比べて安いものが多かったから、浮いたお金でお父さんは晩酌に一缶足して、お母さんはこっそりケーキを食べて、みんなでファミレスに行こう。はい、買った!これは買いました!となることうけあい。ドラえもんも真っ青のの家族円満の一台だったに違いない。

ぼくたち兄弟も思った。

プレステが欲しい。
なんとしても欲しい。

心から強く思った。

しかし、MPが足りない。小中学生にとって、ゲーム機本体とは、高嶺の花を超えて水金地火木土天冥海、彼方のアポロである。まじでピン札数枚足りない。
貯金箱をすべて開け、叩ける肩を叩き尽くし、お年玉を出し合って、それでも足りなくて、父母に必死にプレゼンをした。

プレステがあるとどうなるか!
なんと!
兄弟ゲンカがなくなります!
勉強します!
えっ、CDも聞けるよ!
そうです!
買うしかないっしょ!!!

思い返せば、人生で一番のプレゼンだったと思う。スライドも、スマートな駆け引きも、メリットもデメリットもペルソナもいらない。
あとは勇気だけだ。そこにあるのは欲しいという情熱だけだったのです。風の中のすばるー。

ああ、今の仕事でこんなに熱くなる時があるだろうか。あんまり深く考えないでおこう。

最終的には、たしか兄貴の方が多く出してくれた気がする。覚えてない。今思えばめちゃくちゃいいやつじゃん!って思うけど、覚えてない。当時は長く生きてるんだかは当たり前だろ!くらいの向こう見ずだった気がする。覚えてない。いんや、記憶にございません。ありがと。

そんなこんなで、世界に名だたるSONYのチカラか、ぼくたち兄弟の決死の形相が功を奏したのか、兎にも角にも我が家にもプレステ様が鎮座することになった。

プレステは電源ケーブルとかもスッキリしていて、コントローラも曲線美。未来を感じるには充分すぎるほどカッコよかった。

はやる気持ちをなんとか抑えて、テレビにつなぐ。兄貴がコントローラを手に持ち、ぼくがスイッチを押す。
(スイッチがかちゃかちゃしない!)

電源を入れると、ゆったりとプレステのロゴが浮かび、「ぴしゃふぅ、とぅーとぅーたりー」みたいな魂を揺さぶるようなクールなサウンドが流れる。
ポリゴンしてるのに、映画みたいなの流れるし、ちょうすげー!!これからすっげえのがはじまっぞ!!

真っ黒な画面を見つめていた瞳が4つ、輝きに満ち溢れ、これからはじまるドキドキワクワクに胸をときめかせていた。
その眼は画面を通り越して、ミッドガルと異世界と冒険の始まりを見ていた。

しかし、現実はすぐにやってくる。

弟にはソフトがない。弟ってだれだ?ぼくだ。そう、未来と冷戦の終結に全力を投資したぼくには、もう余力は1ミリもなかった。赤字を通り越して無の境地だった。何にもない。荒野である。
そんなぼくを尻目に、兄貴はお年玉の積立から何本かロープレを買った。なんて堅実な生き方なんだ。20数年経った今でも見習いたい。
優雅な手つきでディスクをはめ、一人未来に漕ぎ出す兄貴の横で、ぼくはVジャンプを手にただただ呆然としながら、問われたら答える村人のごとく攻略情報を伝え続けた。楽しかった。

その後しばらく、唯一の救いだったプレステ買った時にもらったなんとかタワー2の体験版(セーブできない)を遊び尽くしたぼくは『メモリーカードだけじゃ遊べないんだよぉぉおお!』と訴えに訴え、なし崩し的にソフトも買ってもらった。たしかモンスターファームだった。
2回目の鬼の形相と、必死さが伝わったのだろう。今考えても理不尽な要求である。もう、感謝しかない。ありがとう。

モンスターファーム
ファイナルファンタジー
ドラゴンクエスト
ゼノギアス
聖剣伝説LOM
サガフロンティア
etc...

あれから数多の世界がピンチになり、そのたびにぼくの右手が決断して、人々を救った。泣いた。ワクワクした。ときめいた。

ゲーム機は、ただのゲームじゃない。
学校に行けば、ともだちとゲームのことを話したり、攻略方法を交換したり、先輩に嘘情報を仕込まれたり、みんなでわざわざ集まってラスボスを倒したり。
今みたいにインターネットがない時代でも、オフラインで、ぼくたちはたしかにつながっていた。旅の扉は、ぼくたちだけの特別なSNSだったのかもしれない。

当時、兄貴は学校に行ってなかった。
クラスになじめない、ともだちとうまくいかない、なんとなく行きたくない。理由はわからない。何かあったのかもしれないし、何もないのかもしれない。けれど、とにかくそうなった。
知らぬまにガンガンレベル上がってるし、見つけた攻略を得意げに伝えてくるのは癪にさわったけど、ぼくは兄貴とゲームをするのが好きだった。
青春ドラマや漫画みたいな心揺さぶる素敵なエピソードはないけれど、ぼくたちにはプレステがあった。
学校のことも、ともだちのことも、習い事のことも、ぜんぶうまく話せなかったけど、マテリアやイグニスの大地やトロカチンEXや5連携技のことならいくらでも話せた。
世間とか、だれかとの関係とか、ひとの気持ちとか、そんなものはぼくにはなんともできなかった。だけど、一緒にチョコボレーシングはやった。めちゃくちゃ楽しかった。

浮き沈みが激しい兄弟仲の間には、いつだってプレステがあった。細い糸だけど、たぶんその時のゲームのおかげで、なんとか今日までつながっている。

あのプレステも、プレステ2も、スーファミも、ファミコンも、今はもうない。
いつのまにか、どっかいった。
でも、たしかに覚えてる。
感謝しかない。
お互い全然ゲームはしなくなったけれど、今度折を見てポケモン勝負でも仕掛けてみようかな。


そんなプレステのおかげもあり、つながった当時のぼくたちだったけど、その後兄弟ゲンカがどうなったかというと、そりゃあもう枚挙にいとまがない。

『セーブデータコピーしたいからメモカ貸して。』

『えー、まあいいよ。』

『あっ…。』

!!!!!


待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ あ、ああ……あー!ありがとうございます!!