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母がちょっとボケてきたらしい話。

母がちょっとボケてきた、らしい。

らしい、というのも一緒に住んでいないから、直接のところはわからないのである。

でも、兄姉から聞いたところによると、ちょっとボケてきたらしい。そういう症状があると、いう話らしい。

らしいらしいは、不安を呼ぶ。

よく親が仕事を引退したら、一気にボケたとか進行した話があるけど、いざ自分にふりかかると、なんだろう。

まったく、現実感がない。遠い。

母はもともとおっちょこちょいな感じあるし、心配性+忘れっぽいのダブルコンボ搭載型だから、遠方のわたしはそんなに気にしていなかった。

しかし、ゆるやかに訪れるようで、気がついたら一瞬なのかもしれない。近くにいる兄や姉は、感じとっているのかもしれない。

らしいかもしれない。想像は、不安を増幅する。

たしかに、今年は誕生日が2回あった。

息子くんの誕生日から一ヶ月経たずして、ふいにきたライン。

「誕生日おるおめでとうアル👞」

あれ、日にち違うよ!?よりも先に突っ込みどころ満載で、それどころじゃなかった。おるアル?なんで靴……??たしかにボケだったのかもしれないが、そっちのボケだったのか。

「ごめんね。こういう唐突なやつ、増えるかも。」

何も謝ることないけど、一緒に住んでいる兄から連絡をもらう。たのしかったから全然OKなんだけど、近くにいる人としては気が気でないのかもしれない。

地元の島までは飛行機で40分、東京-八王子間を電車で移動するくらいの時間で着いてしまう。

近い。いつでも帰れる。そんな距離。

そう思っていたのは一昨年までで、去年から一変、帰れなくなった。
小さなコミュニティは、まだ寛容にはなれない。

「なかなか、地域の目がねぇ。」

それでも、残酷に時は進む。

落ち着いたら、みんなでごはん食べようね。
そのうち、顔見に来てね。
抱っこしてもらうの、たのしみだね。

何回、その言葉を言っただろう。弟くんが生まれて半年、両親はまだ抱っこしていない。スマホの小さい画面で、泣いたり笑ったりする、デジタルな孫。いつの間にか新生児も終わって、乳児も過ぎて、もしかしたら会える頃には赤ちゃんじゃないかもしれない。

やっぱり、冷静に考えて異常事態だ。書いてたらちょっと泣きたくなってきた。

どんなに技術が進んでも、会わなければ触れない。抱き上げられない。

母方の家系は、ボケやすいそうだ。
母方の祖母、ばあちゃんもボケた。

子どもの頃、夏休みや年末年始の長いお休みになると、母方の実家に遊びにいった。
親戚の中ではうちが一番遠方で、その予定に合わせて近くに住むいとこたちが集まってくれた。
ばあちゃんは大きいテーブルの端っこに腰掛けて、優しく笑ってた。

父方の祖母が亡くなった時には、じいちゃんばあちゃんで島まで来てくれた。
離島に移り住んだ父母なので、少ない親戚のなか来てくれたのが嬉しかった。

「わたしは歌うのが好きでねぇ……、献歌だねぇ。」と、ちょっと涙ぐみながら好きな演歌を歌ってくれたのを覚えている。

思い出すばあちゃんは、笑ってるか怒ってるかだ。

リポビタンDにストロー差して「ちょっと飲むか?」喉にカァーッと喉にくるのをケラケラ笑ってたばあちゃん。

兄の大好物のうどんとこんにゃく作ってくれたばあちゃん。一緒に記事を踏むのがたのしかった。こんにゃく芋を触ろうとすると「痒くなるよ!」と怒るばあちゃん。

娘たち(私の母たち)の喧嘩の仲裁でなぜか孫まで巻き込んで激烈に怒ってたばあちゃん。怖かった。

ときどき自分の手をまじまじ見ながら、曲がらない関節を擦っていて、「何見てるの?」と聞くと何も言わずに笑ったばあちゃん。

わたしのなかの、思い出のばあちゃん。


抜けるような青空で、はじめて行ったリハビリ施設。やたら窓が広くて、車椅子に引かれてきたばあちゃん。ニコニコしてて、やせてて、うんうんうなづいて、わたしが誰だかわからなくて、忘れちゃったばあちゃん。

静かに、とても、かなしかった。

末っ子あるあるで、わたしは親戚付き合いが薄い。

大学を出てしばらくした頃、ばあちゃんの葬式で久しぶりに親戚に会ったら、なんとなく空気に居心地の悪さがあった。

勝手に、わたしが感じただけかもしれない。

たのしい思い出ばかり、話して送る。
それは、きっと難しいことなんだな。

まだ家族を持たないわたしは、無責任にそんなことを考えていた。

姉の運転する車で送ってもらったときに、ばあちゃんの話を聞く。

ばあちゃんの介護をどうするかという話を集まってしたとき。お義兄さんもたまたま一緒にいたそうだ。

ばあちゃんも、いつもの位置でテーブルにつく。

そして、なんかよくわからないけど私のせいでみんなが怒ってると感じて、逃げ出してしまったばあちゃん。

「俺、ちょっと見てきますよ。」

お義兄さんが見に行くと、ばあちゃんは泣いていたそうだ。

「ばあちゃん、泣かせるなんてなぁ。」

義理人情のお義兄さんだから、思うところがあったのだろう。それから、母方の親戚とは少し距離がある。むずかしい。

人はきっと、忘れられる悲しみに耐えきれない。

だから、近い人は、怒ってしまう。
だって、かなしいから。
かなしいは、怒りに変わる。
かなしいほど、怒りに変わってしまう。

だから、一つ決めたことがある。

たとえ今後、母がほんとにボケていって、変だったり、何度も同じこと話したり、うまくいかなくても、笑おう。たのしいことだと思おう。

きっと、近い人にはできない。
つらいし、かなしいし、現実的にしんどいから。

だから、遠くの私は、笑おうと思う。
無責任かもしれないし、怒られるかもしれない。

たしかに事実、距離がある分、責任も遠い。

でも。

だからこそ、たのしいエピソードを少しでも増やしたい。
その時が来たら、たのしいことをたくさん話して、笑いながら泣きたい。

そんなことを頭の片隅に置きながら、息子くんと母にテレビ電話を掛けたら、いつも通りの母がいた。全然元気やん!
息子くんは、爆笑しながらひたすらプラレールを紹介していく。

「いっぱい持ってるねー!」
「うん!」
「電車、とっても好きなんだね!」
「うん!!」

好きなものをユーチュバーみたいに紹介できて、息子くんはご満悦だ。
これは「ボケた?」と聞いたらめちゃくちゃ怒られるな。
手のひらサイズの父母は、さすがに頭に白いものが増えた。でも、お互い様かもしれない。白髪染めデビュー待ったなしのわたしがいる。

遠くから、ここからでは、いつも通りの母がいる。だから、わたしも笑う。

「落ち着いたら、島に遊びにきなねー!」
「うん!でんしゃのって、モノレールのって、ひこうきのって、いくね!」
「おお、よくわかるねぇ!」


うん。絶対、行くからね。

待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ あ、ああ……あー!ありがとうございます!!